2014年1月14日
イキ・イキ・エイジング 【第十一回 トイレの水?】 後藤 眞
思い出の中に出てくる母は、いつもきれいでやさしい存在です。私の母も、85歳で亡くなるまで、髪をラベンダー色に染めて、書道、英語教室と水泳を楽しんでいました。父の国際学会での講演中には、一人で美術館や買い物に出かける活動的な大正元年生まれでした。
その母は、私が海外旅行をするといえば、いつも「オード・トワレとメドック(ボルドー産ワイン)を忘れないでね」と注文するのでした。
私はおしゃれな母が香水でなく、濃度の薄いオード・トワレを希望するのは、香水よりも淡いほのかな香りが好きだからだと信じていました。しかし、いつもなにがしかの香りに包まれていたわけでもないにもかかわらず、その消費量が半端ではありませんでした。
ある朝、母がトイレで、何か振りまいている現場に遭遇し、私のささやかなもやもやが氷解しました。「何しているの?」「あら、オード・トワレは、フランス語でトイレの水でしょ。こうして使うのが礼儀でしょ」
母の教えではありませんが、汗かきの私はオード・トワレを愛用していますが、患者さんの診療時には、自分の香りで病気特有の匂いを見逃す可能性があるので、香水をつけないようにとの恩師の教えを守っています。
現在では、天然成分由来の香水は少なくなっていますが、日本人が好む、植物性香水は1000種類以上もあります。
香りの基となる精油成分がテルペンです。単に体臭を修飾するだけでなく、抗炎症効果(ジンゲロール、デヒドロクルジオン)、降圧効果、鎮静効果(リモネン)などがあるとされています。
ハーブも人気があります。中でもカモミールは、女性が好むハーブティーの定番です。菊科の植物で、少し苦みのあるカモミールの花は、昔から中国では成分のアズレンが抗炎症・鎮痛作用(関節炎、生理痛、風邪)や、抗老化作用(白髪、血行促進、肥満)があるとされ、不老長寿薬の代表とされています。
日本でも、九月九日を菊(重陽)の節句として、菊の花を食べたり、菊酒でお祝いしました。香水もハーブも、香りが脳の活性化と安静化の調節をする作用が報告されていて、自分だけでなく、周りの人たちも幸せにするのでしょう。
ところで、世界的にオード・トワレという表現はパルファム(香水)に統一されつつあるようで、母のような、ほほ笑ましい誤用は過去の思い出になりそうです。