2014年3月13日
いす取りゲーム 坪田英熙
いま、フライトの予約はインターネットでいとも簡単にできる。座席も自分で、好きなところを指定する。不思議な感じがするのはこんな経験があるからだ。
1975年前後、会社の仕事で再々サウジアラビアに出かけた。石油ラッシュで世界中から人が詰めかけ、ホテルも航空便も大混雑だった。
何週間も前から申し込んでようやく取れたホテルに夕方帰り、部屋のキーを取ろうとすると「貴方の部屋はなくなった」という。驚いて部屋に行ってみると、廊下にスーツケースが放り出してある。マネージャーにねじ込んでも「貴方の予約は切れたので、他の客を入れたのだ」と全く受け付けない。泊まるところのない奴が彼の懐に現金を突っ込んだのだ。
空港も似たようなものだった。
帰りのフライトの確認に前日、市中のサウジ航空のオフィスに行くと、「必ず乗るね?」と念を押されて、旅券を預けることになる。翌日空港のカウンターで受け取るのだが、それまでのあいだ身分証明の手段がない。クーデターでも起こったらどうなるかと不安この上ない。
当日カウンターで無事搭乗券と旅券を受け取ってもまだ安心できない。搭乗券に座席番号がないのだ。フライトはいつも満席で、往々にしてオーバーブッキングが起こる。乗客はそれを知っているので、搭乗時刻が近づくと、ゲートの周りに集まって、ゲートが開くや係員の指さす飛行機まで一目散に駆け出す。争って乗り込み、とにかく空いた席に座わる。最後になった数人がうろうろ席を探し回るというのをよく見かけた。
その日はリヤドからジュネーブに行く便だった。徒競走に遅れを取ってやっと3人がけの真ん中に座り、ほっとしていると、空港のスタッフが「ミスターツボタはいないか」と通路を通る。手を上げると「あなたの航空券をもう一度確かめたいので、カウンターに戻って欲しい」という。
折角取った席を立って飛行機を降り、カウンターに戻るとあっさり「あ、問題ありません」。それじゃとゲートに戻って驚いた。乗るはずの飛行機が動き出しているではないか。
そこで騒いでも仕方がない。要するに、後からやってきた王族か軍の幹部が俺を乗せろと言い、カウンターのマネジャーが要領を効かせたということだ。
ジュネーブ行きが、預けたスーツケースごと飛んで行くのを空しく見送った。
ホテルに戻ったって部屋があるはずがない。ロビーで一夜を明かして幸い翌日のローマ行きの便に乗ることできた。ジュネーブに乗り継いで、荷物受け取りのカルーセルの横に放り出されたスーツケースを無事回収し、ようやく日本に帰ることができた。初めてのジュネーブに行けたのはサウジ航空のおかげだ。
3月13日 坪 田 英 熙