2014年4月16日
露寇(ろこう)事件始末(6-30) 荻野鐵人
ハ)乾性または萎縮性脚気の症状
脚気が治る場合、知覚の障害は遅くおかされた部分からよくなり、はじめに侵された部分は長く残る。すなわち下腿と足の知覚障害は通常永く残る。
運動の障害(筋肉麻痺)は、末梢性の運動神経障害と筋肉の変性のために起こるもので、知覚の障害と同時に現れる。通常下肢にもっとも強く、また普通程度の脚気では下肢に限局することが多い。伸筋が強くおかされるため、足の背屈が障害され足首から先が垂れる(尖足、足下垂foot drop)。患者は脚を拡げ股関節を平常より深く曲げ弛緩麻痺の歩行をするため「泥沼の中を歩くような」と表現される独特な歩きかたをする。さらに下肢筋の麻痺が進むと、歩行も起立もできなくなる。
上肢筋の麻痺では手の使用が困難になり、進行すると足の場合と同様に手首から先が垂れる手下垂(hand drop)が起こる。下肢と上肢の障害が強いときは躯幹筋もおかされ、横臥から身体を起こせなくなる。
脳神経領域の障害では、喉頭筋の麻痺による嗄声あるいは無声、顔面筋の麻痺、弱視が比較的しばしば現れる。まれに難聴や耳鳴、眼球運動の障害、嚥下困難もみられる。
麻痺した筋肉は数週で萎縮を起こすが、麻痺の強い筋肉ほど萎縮も強い。
アキレス腱反射の異常が膝蓋腱反射の異常より早く現れ、治るときには逆にアキレス腱反射の回復の方が遅い。
ニ)急性悪性または衝心性脚気の症状
心臓の障害を主とするものである。
急激にきた場合には、「衝心」(古代中国で命名)という,健康状態(脚気準備状態)から突然衝心することもあるが、それは極めてまれである。通常、初期の脚気あるいは水腫性脚気の患者が、過労、不養生、気象変化などによって急に悪化して衝心になることが多い。青年、壮年の比較的強壮な者におきやすい。初期の病状から急に心臓の症状が悪化する。高度の倦怠、心悸亢進、心部圧迫感、胸内苦悶、呼吸促泊、呼吸困難を起こし、苦悶のため患者は輾転反側し不穏状態になる。食欲は消失し、口渇、嘔気があり、しばしば嘔吐する。尿量は高度に減り、ときに無尿になる。意識は末期まで明瞭であり、そのため患者はよけいに苦しむ。顔面・指先は紫青色(チアノーゼ)になり、手足の先は冷たく、体温は下がり、意識が消失、呼吸浅く、遂に心臓が停止する。
典型的な衝心状態は非常に急で、二・三日中に死亡する。しかし衝心は必ず死亡するわけではなく、ビタミンのない時代でも適切な処置をほどこせば数日で危機を脱し、徐々に回複し治った。
糠、糠味噌漬、沢庵漬及びその他の食品のビタミンB1とビタミンCの含有量を示すと表のごとくである.沢庵漬は干大根のせいか、糠中のB1が浸透せず全く増加していない。糠味噌漬ではいずれもB1がかなり増加している。しかし一日の常食量を考えれば、糠味噌漬によって脚気を予防するほどのビタミンB1摂収はとうてい不可能である。しかも、実際には、白米や炭水化物を取れば摂るほど、これをTCA回路で使って、代謝・燃焼するためにビタミンB1を必要とする。筋肉労働もビタミンB1が使われるし、寒さに対して体温を維持するためにもB1が必要である。これに反して、脂肪を燃焼するためには、ビタミンB1は必要としない。あざらしなどの油を食べれば水腫病(脚気)は防げたかもしれない。
食品のビタミンB1及びCの含有量
食品名 食品100g当りのVitaminB1(mg) VitaminC
精白米 0.09 0
七分つき米 0.21 0
玄米 0.36 0
糠 2.50 0
大麦・挽割麦、押し麦 0.18 0
小麦・内地普通 0.32 0
小麦粉・一等中力 0.15 0
パン粉 0.12 0
食パン 0.10 0
乾パン 0.15 0
大豆 0.50 0
えんどう 0.72 0
いんげん豆・そら豆 0.50 0
牛肉 0.06 1~2
ローストビーフ 0.06 0
コンビーフ缶詰 0.02 0
やまと煮缶詰 0.04 0
豚肉 0.4~0.6 2
ローストハム 0.48 50
ベーコン 0.10 35
ソーセージ 0.15 10~20
ウインナ 0.17 10
鶏肉 0.14 1
鶏卵 0.10 0
牛乳・未殺菌のもの 0.03 2
コンデンスミルク 0.06 2
魚類平均 0.06(0.01~0.20)
鮭生 0.25 2
鮭水煮缶詰 0.02 0
鱒生 0.22 0
鱒水煮缶詰 0.05 0
鰯缶詰 0.04 0
一般貝類缶詰 0.02 0
じゃがいも 0.11 12~23
さといも 0.15 3~8
さつまいも 0.15 17~30
いもがら・ずいき 0.01~0.05 0~4
切干さつまいも 0.18 10
にんじん 0.06 5
キャベツ 0.03~0.05 24~44
玉ねぎ 0.03 5
南瓜 0.03 6
くりかぼちゃ 0.10 39
冬瓜 0.01 30
ごぼう 0.04 2~4
もやし 0.13 2~8
大根 0.03 15
切干大根 0.32 24
たくあん漬 0.05 15
奈良漬 0.03~0.04 4
大根糠味噌漬 0.36 14
白菜 0.05 22
白菜塩漬 0.03 29
なす 0.10 2
なす糠味噌漬 0.02 6
きゅうり 0.18 13
きゅうり糠味噌漬 0.03 13
かぶ 0.28 13~17
かぶ糠味噌漬 0.02~0.07 32
かぶ葉 0.27 22~75
かぶ葉糠味噌漬 0.08 42
まびきな 0.50 70
まびきな糠味噌漬 0.03~0.04 30
野菜平均 0.08(0.02~0.20) 4
きのこ缶詰 0.04~0.08 0
干ししいたけ 0.57 0
ひじき 0.01 95
あさくさのり・中級 0.21 75
あさくさのり・下級 0.12 13
わかめ 0.07~0.30 15
こんぶ 0.21~0.80 0~25
ゼンマイ 0~0.10 0~10
かんぴょう 0.2 0
味噌 0.04(0.03~0.05) 0
醤油 0.02 0
ソース 0.01~0.03 0
植物油 0 0
ラード 0 0
砂糖 0 0
アルコール飲料 0 0
成人男子のビタミンB1の1日必要量は1ミリグラム
(労作が重い場合には1.2~1.4ミリグラム)とそれている。
成人男子のビタミンCの1日必要量は壊血病にならないためには10ミリグラム
50~60ミリグラムが適量