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2014年6月30日

人間と自然-1-1 荻野彰久・荻野鐵人

「言い遺(のこ)すことはないか」
側臥位に寝ている妻の腰をサスリ乍(なが)ら御所(ごしょ)窪(くぼ)老人は言った。
夜の何時になるのだろう。或は新しい朝になっているのかも知れない。部屋の灯が窓ガラスに写る頃であった。
「ええ? 何?」老人は思わず大きい声になって言った。
妻は何も言わなかったらしい。妻の方を見た老人もそれ以上黙ってしまった。すると部屋のなかは、もとの海底のような沈黙があたりに漂(ただよ)う。
老人は妻の背側の下方に居る。妻は下腹に力を入れながら何か言った。老人は耳の後に掌(てのひら)を丸めて宛(あて)がい、「ええ? 何?」と又聞き返す。妻は応えない。
老人は妻の躰に手を動かしながら、「気持よくない?」と幾分焦(いらだ)立(た)たしげに云う。
それから鶏の足のような骨張った老人の手は、妻の腰、腿、脛、足の上をゆっくり往(い)ったり来たりする。妻の躰は反転する。
「ええ? 何?」老人は首を挙げて云う――
「これでは気持が悪い、じゃどうすりゃあいいのだ」
妻の欲求を老人は明細には知らない。
老人は動かしていた手を休止させ、上半身をあげ背を伸ばして置時計でも眺める気持で妻の躰を俯瞰(ふかん)する。
頭の方で妻は又何か言った(様な気がする)。
「ええ―― 何?」と老人は右手で妻の細い首を押えつけながら声を低めて言う「未だ生きて居たいって?――だめだよ、そんな……!」
こんな言動は、他に聞かれてはよくない。老人も迂闊(うかつ)だった。ここは大学病院の第二病棟の二階である。いくら夜中だからと云っても付添や患者が廊下を通る。このときは受持医谷野が看護婦を連れて廊下に来て立っていた。注射したものかどうか受持医は迷いながら立っていたのである。
〈もう少し生かして置いて下さい――と妻は云うのだろうか?〉老人は妻の首へ一旦やった手を引きながらひとりつぶやく〈だってお前、僕が殺さなければ、いまに他人に殺されてしまうぞ!〉
この時老人が「他人に」と云ったのは「自然界に」と云う意味なのか、「医者に」という意味なのか詳(つまび)らかではない。



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