2014年7月7日
人間と自然-3-2 荻野彰久・荻野鐵人
両手で耳を抑え眼をつむっている妻の顔が青ざめているのに気づいた彼は、あわてて車の中へ彼女を乗せた。
殺された動物の光景はそのまま霧の中へ残り、彼らを乗せた車は霧の中へ走っていった。
車に乗つてからもTorquayのホテルに着いてからも、人を殺した馬の光景が怖いのか妻は黙り込み変に顫(ふる)えていた。
「早く寝ましようよ」と妻は云うのだったが、彼はタバコを口に咥(くわ)え火をつけたまま出窓にかけて近くの沖に明滅している燈台の灯を眺めていた。――男女のはじめての、体のマジワリ、彼は興奮もするのだったが、妙に感傷的な気持もするのだった。あたり一面霧がたちこめ橙色の光が点々とまたたく。濃霧の中の衝突防止のため、ときどきサイレンが無気味に鳴り響く。何かしら淋しい結婚だったような気が不図(ふと)襲(おそ)って来た。
「早く寝ましょうよ」と、妻はまた彼のPajamaの袖を引きそのままbedへ横たわる。彼も起ってタバコを灰皿につぶし、ひかりを消してbedへ這入(はい)っていった。彼女の頬は火照っているのか熱く感ぜられた……彼女のPantyを彼の右手がおろそうとすると彼女は激しく抵抗する……。獣(けもの)のように彼の手が無理にもそれをおろそうとすると、Pantyのゴムヒモが波型に長くのび、それがちぎれそうに長く延びても、必死になった彼女は両手でそれを掴(つか)んでハナさない。
「人を殺した馬のことか!」と彼が乱暴にいうと、妻は掴んだまま、黙っている。不図彼は十六世紀のフランダース人Peter Paul Rubensの画――処女の誓を立てた月、田園の女神Dianaや妖精が、遊び疲れて裸姿のまま眠っているところを、上半身は人間であるが下半身は獣である森の神Centaurが、彼女の純潔を奪いに襲いかかる怖ろしい光景を思い浮べながら「ぼくが嫌いなの!」と彼が訊くと「No」と彼女はいって唇を寄せて来る。
「じゃ、いいの?」と彼はまたPantyをおろそうとした。が彼女の手は彼の手をつかんで離さない。
彼が離れて寝ようとすると、彼女は寄って来て子供のように、彼の胸に顔を押しつけてくる……。近づいていくと処女は彼を遠ざけ、離れようとすると女は近づいて来る――彼は彼女のこうした感情が理解出来なかった。
「じゃ、何のための結婚だ!」と彼は腕力ずくでおろそうとしたが処女は掴んだまま泣き出すのであった………。
自然は何故男の本能と女の本能とを区別して創ったのか? それは人間社会を一層複雑にし醜悪なものにしないだろうか。それはまたまわりまわって男心を戦争にまでかきたてるものにならないだろうか? 異性を夢みる乙女心は、例えば遙(はる)か霧の中に眩(まばゆ)い蒼白い光を放っている太陽の円盤を眺める感情なのだろうか、そういう乙女心が男の獣的本能の前で裸にされると、怖(おそ)れ慄(おのの)くのも当然かも知れない。はじめは、無智ともいえるそういう妻に彼はあきれもするのだったが、道中で目撃して来たオス馬のあの巨大な性器を、男の本能そのものとして乙女心は恐怖しているのかも知れぬと、流石(さすが)の彼も新妻を抱いたまま一緒に泣き出すのであった………。