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2014年7月17日

人間と自然-8-2 荻野彰久・荻野鐵人

「これだけの金額なら入れてやるという闇の規準価格というものを定めた方が公平ではないですか」彼は露骨なことを云ってしまった。
「何? 闇入学って! あなた!」N氏がなんとなく知性を欠いた顔つきで口を歪めていう。彼の感情は暴発した。
「不公平だ! こんなことをしては、純真な青年を殺す!」と彼は、K君の自殺したことを例にとってそういう「案」を話してみるのだった。
「金をうんととって裏門入学――表現は悪いけど貧乏な日本の私立大学はそうでもしなければやっていけないからね」とS教授は云って、「あなたは永い間日本に居られなかったから御存じないのですよ」と年長のS氏は精桿(くわかん)な笑声でいう。
「そりゃそうですとも!」M教授は一度彼の顔をみてわざとらしく椅子の奥から起き上るといった。「同じ私立でも社会は優劣を見張っているからね」「と言うと?」彼は訊ねた。
「国立は国立で相争うように私立は私立同志、弱肉強食制だといったのですよ」M教授の口は未だ歪んでいる。「弱肉強食?」と訊くと、「いい大学にするには金がなければ出来ないじゃないですか!」M教授が当り前過ぎて幼稚だと思われる事を平気で云うと、「われわれは絶対に間違っているとは思いませんナ」とT教授が応援に来てやったぞとM氏の顔を見ていう。「個人においても国家においても他よりよくなろう、大きくなろうとするのは当り前じゃないかナ」N教授が茶碗を唇へ運びながら云う。「少なくとも愛校心のある教授ならこれは解ると思うのだけどナ」と一番前にかけているW氏が云う。N理事は眼をつぶっていた。それは「わしの腹は別だ」という風に彼には思われた。
「キフ金高の多い少ないで入学を決めるのが愛校心であり、愛国心ですかな?」生化学のY氏が顔を外向けながら皮肉調にいう。
彼はN理事に無視と軽蔑の眼を向けた。猛獣の走り廻っている密林を連想しながら、「群盗だ」と叫んでしまった。
「群盗だと!」N理事お気に入りのK氏が彼とN理事との顔を見比べながらいった。
「正直な青年を殺してまでよい大学にしようというのだから『群盗』だ!」彼はその朝の幼児誘拐記事を想い出しながら云った。
「入学試験に落ちたからって、自殺するような青年は、うちの学校には入って貰いますまい! 現代社会でそんな青年は、他を倒してでも生きて行こうとする生命力に欠けた敗惨者だからね」とK氏は一つ一つの言葉に力を入れていった。
「それは当り前だ。君のような教授のいる大学へは、向こうからお断りだそうだ!」と彼がいうと、眼を閉じていたN理事が眼を開け、顔を上げて彼を見ていった。
「君はナカナカ正義心がある。うん、強い正義心がある」とN理事は一種の表情を浮かべていうと、「そりゃいまに売れるぞ! わしもそのうちによい買手をみつけておこう」
と口を歪めた。
国立大学にあっては雇傭主である国家が巨大な姿として別にひかえているから大学総長も教授も同じ平面に立つ。彼は見下ろされている自分の自尊心が捩じ切れそうになるのを意識した。
「買手を見つけておく?!」彼は椅子を蹴(け)って起った。教授会から出て来て終(しま)った。
「まだ日本の実状をよく知らないものだから」こんな眩きが彼のあとを追う。「坊ちゃん教授ですよ……。」



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