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2014年7月24日

人間と自然-10-1 荻野彰久・荻野鐵人

「純血ってどういうことですの?」と妻が突然訊ね、「アナタのお父サン、おばあさんは、何故わたしを嫌いますの?」とCarolは、ときどきの夜など涙を浮かべながらいうのだったが、そういう妻を慰めるため星の話や宇宙の話をするのだった。
「これをのぞいてごらん、Carol」と、仕事が済んで夜更けなど顕微鏡をのぞき込みながら傍の妻にいうのだった。
「顕微鏡の下に見えるひとつの細胞はそれだけで生命現象が行われている意味で、極端に縮小された形式で宇宙的機構の全貌を見せているのだ――太陽は月や地球や其の他の遊星に作用を及ぼし、月や地球はまた太陽に作用を及ぼすようにね」
「人間の肉躰のどの器官も、例えば胃と腸は相互に作用し合い、胃や腸はまた肝臓や腎臓に影響をおよぼすようにね。そしてどの器官を手にとって見ても、其の器官を構成している一つ々々の細胞はまた完全なる小宇宙であり、その小宇宙的細胞はまた集り集って、宇宙的一つの器官をかたちづくっているのだ。そして肺、心、肝、腎等の宇宙的器官は脳髄において支配され管理され、意志されているのだ」
「ああ―」と美しく晴れ渡った夜空の星々を物干台から指さしながら傍の妻に云うのだった。「全宇宙を支配している「神」がもし存在するならば、小宇宙的器官から構成されている人間こそ「神」なのだ。同じようにどんな微細な細菌やウイルスもまた一個の宇宙的存在なのだ。そして更に面白いことには池沼の水の中を泳ぎ廻る源五郎から巨大な鯨に至るまで、否、陸棲の蟻から象に至るまで、それぞれがみな完全なる宇宙を形成し、それらの動物が酸素を受けとり炭酸ガスをすてることによってまた動物と植物とは、手をニギリ合って、やはり一つの宇宙の形成に参与し、かくして全自然が完全なる一個の字宙圏となって運行されているのだ。太陽、月、星、そして地球、植物、動物、親と子、君とぼく、各個が互に助けつ、助けられつしながら、しかも均衡を保ちつつ宇宙を形成しているのだ。
「だが何故?」と彼は妻の首に手を廻して口を近づけながら云うのだった。「だが何故人間ばかりはこうも相(あい)闘(たたか)うのだろう? これは却って人間が知性に走り過ぎたためではないだろうか? 文明が人間を置いていきぼりにして、走っていってしまったためではないのだろうか?」と彼は感動に満ちた深い声でいいながら、月明りが差している妻の顔を見入った。が妻は月を仰いだまま黙っている。妻は泣いていた。眼の縁からこぼれる涙が鼻翼を伝って流れているのが月光にひかって見えた。妻はそれを拭こうともせず沈んだように黙って立っている。「どうした?」と彼が愕いて訊くと、「明日は十一月一日じゃありませんか!」と妻は泣く………。
殉教諸聖者の霊をまつる萬聖節(ハロウィン)の十一月一日は妻の出生地Scotlandでは前夜祭を催す、日暮どきから手に罐を持った子供たちが白い敷布を頭からスッポリ被って街を歩き、出合う人ごとに1pennyを貰う風習がある。他の子供たちといっしょにそうした姿で街を歩いている子供のことを妻は想い出したらしかった。妻は泣き出した……。忘れていたわけではなかった。彼も胸がつまった。二人は物の塊のように月明りのなかに遠く離れている子供のことを考えてしばらく無言でいたが、下の赤ん坊が目覚めた泣声にあわてて物干台から降りて来るのだった。



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