2014年7月28日
人間と自然-11-2 荻野彰久・荻野鐵人
Y子が来てくれたのはそれから一月ほどして一月二十日の月曜であったが、勤めに来るのに菓子箱などを提げてやってきた。
医者が一人増えるといつのまにかそれだけ患者の数も増していった。
彼は依然として忙しかった。貯金がふえただけ彼の肉躰の内部に疲労が積まれていった。家具が豪華になれば、それだけ精神の中には、不安と焦慮とが険(けわ)しい表情で走り廻るのだった。夜の十二時か一時ごろようやく外来患者が終る頃になると、疲れ果て、すべてが苛(いら)立(だ)たしく、ひとり寝転びたい気持にかりたてられるばかりだった。
妻は乳母車にRaybitを載せてデパートへ買物にいったり、散歩に出かけたりしている。彼もそれをすすめたのだったが、
「どこへ行って来たのだ!」
コーヒーを呑みに家のなかへ戻り、妻の留守なのに癇(かん)癪(しゃく)を起して、這入って来たばかりの妻に乱暴に怒鳴るのであった。良人が何故自分を責めるのか理由が解らぬまま、日本人というものはこんなによく怒る人種かとCarolはただ I am sorry, I am sorry……をくりかえすだけで反抗して来るでもなく、そのままRaybitの手をとって勝手の方へ隠れるのであった。
それがまた腹立たしくいきなり無理難題を吹きかけたりする。そんなとき妻は黙って泣き出す。何か質問をしても妻は言葉をもって答えようとしない。唯(ただ)ひきつるように泣くばかり。時には持って来たコーヒーをそのまま妻に投げつけるのであった。
「先生、ツミもない奥様になにもそんなに!」診察室から走って来たY子は眉をつりあげていう「先生は疲れていらっしゃるのですわ」