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2014年8月5日

人間と自然-11-8 荻野彰久・荻野鐵人

ハンドルを握っている彼には差当り「運転」という仕事があるのがうらやましかったが、彼女は広々とした客席の中でナスことがない。「罪」の意識は彼女にオーバーの襟を立てさせる。彼が運転する車が揺らぐたびに彼女の心は縮んでいく。その都度感情が細かくシンドウして定着しない。頭だけがかっかっと熱い。オーバーの返えし襟を立てて火照(ほて)って来る顎を隠し膝を見つめている彼女。〈どこの街角でわたしの感情は曲ったのか罪な女!〉と彼女は視線を膝から先へ移す。〈わたしからいい出したに違いない〉彼女は靴先を擦り合わせる。(これが知れたらCarolさんは何と思うだろう? 昨夜、タクシーで帰ればよかった!) と彼女は唇を噛む。〈世にいう「悪い女」とはわたしのことだワ〉と彼女はアゴの下で掴(つか)んでいる襟を深く重ね合わせる。〈どうしよう!〉彼女は腰を動かして坐り直っても見るのだった、だがこころがうずく。何故うずくのか?じっと堪えようとするとじわっと目がうるむ。敵を追っかけるサーチライトのように右から左から何か鋭いものが頭の中でしきりに交叉する。
〈日本の女性というものはそんなことをして平気でいられるのね――〉とCarolさんは思うに決っている。いいえ、Carolさんが話を国境線まで拡げなくても、わたしに裏切られたその感情はどうであろう? 一体それがワタシなら許せることなのだろうか? それともわたしがこう思うのは、あまりにも現代離れした古い型なのだろうか? では、日本の女は皆が皆「現代調」なのだろうか? あの人形のようなCarolさんをわたしが裏切っていい理由は、わたしには見付からない。わたしの内部の何がわたしを駈ったのかわたしは解らない。彼女は両手で頭をかかえ、女性の内部で彼女は窒息しかけていた。躰を動かして坐り直った。(酒だわ、Sだわ!) と彼女は、昨夜のことをアルコールの創作だと想った。Sとは彼女に酒をすすめてくれた同級生S子のことである。
彼女は〈何かが自分をこんなにしてしまった〉とは思った。が、それが何であるのかは解らなかった。考えてもみなかった。思い当たるとすれば人間の顔しか思い浮ばぬのであった。(人間なら誰? Sだわ)彼女は同級生のSという人間だと思っている。「そこに人間関係のむつかしさがある。人は何でも「運命」だといっている。だが運命とは何であるか人は考えない。自分を昨夜のような情熱にまで駈ったものは、人間以上のもの、人間を支配しているものの腹黒いタクラミとは、思っても見ない。「人間関係がちぎれそうになった時元の糸をだんだんたぐっていけば根源は人間にあるのではない遠く高みのもの、自然にあり本能にあることが解る。だから人間は人間を恨んではいけない。敵は上、高みにある」彼女はいつか彼の教室にいるとき、母をいじめて財産を奪っていった伯父のことを彼に相談したときそんな話をいってくれたのだったが、今、現実には間に合わない「思想」だと彼女はそれを手で押しのけた。
両手で頭をかかえていた彼女は外の雪に眼を移した。車はいつか線路に沿って走っていた。市役所の掃除夫が雪車をひいて行く。道路人夫たちがうず高く掃きためてある雪を車に積んでいる。モンペ姿の女も働いている。〈先生は何を思って運転していらっしゃるのかしら?〉と彼女は俄(にわか)に彼が憎々しく思えるのだった。彼女は彼の後姿を見た瞬間、バックミラーに自分の姿を発見した。彼女は思わず躯を竦(すく)めた。〈わたしを軽蔑していらっしゃるに違いない〉彼女は固く唇を噛んだ。



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