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2014年8月8日

人間と自然-11-11 荻野彰久・荻野鐵人

二人の若者の会話では、犬は犬殺しにつかまった犬で自転車の荷置のカゴに押し込めて置いたものが、中であばれているうちに、自転車が倒れツナが切れて、犬は離れたらしいというのであったが、自転車はペダルが根元から折れて新しい傷口を見せていた。雪の上でじゃれているうちに犬殺しが帰って来て捕えられてしまうと、また元の木阿弥だと若者たちは犬に同情しての笑いらしかった。
「やっている、やっている」オスがメスの尻を抱え込んだ光景に薄笑いを浮べながらいって若者たちは去っていく。
犬は先ほどのじゃれついたり吠えついたりする動作を、場所をかえては、繰り返えしている。瞬間々々の変化を彼はおもしろいと眺めていた。雪の上での犬たちの戯れは、横浜のような市井に棲む人には珍しく一種の惜緒を呼び起すのであった。
そのうちに、オスが突然首を据えて、じっとした。真面目な眼付になると前のメスの尻をみつめる。メスは尾を形よく上へ巻きあげ、下に茶褐色の性器を露わしている。オスがメスの方へ寄っていったかと思うと、ペロッとなめた。愕(おどろ)いたようにメスは振り返える。が、間もなくオスの首へじゃれてくる。オスはまたすっかり忘れたように、メスの首を優しく噛む。オスがそれを離すとメスも同じようにオスの背中を噛んで振る。白いオスが雪の上にねころんだ。すると茶色のメスが走っていって、そのうえをとび越える。今度はメスの方が転がるとオスがそれをみて吠える。メスは起きて大きく走って行く。オスがそれをまた追って行く……。しかも瞬間々々動くのだ。そして同じ舞台の登場人物として彼も参加している。彼はタバコに火をつけた。
そのうちにオスが前肢二本をメスの背中にかけ首を縮めながら腰を近づけた。メスは押されて少し前へ動き出たが別に逃げていく様子もなかった。オスが後肢二本を地面に突張らせながら、メスを少し押すと、押されてメスは又少し前へ出たが、眼を細めてじっとする。細くなったメスの眼は軽く二三回またたきをし、雪の地面に脚を踏ん張って動かない。爪先に立っている後ろ二本のオスの脚はかすかに振動する。息は荒く、肋骨一本々々が透けて見える………。どう見たってオスは苦しいようだ。
「こんなところで!」と犬殺しが怒鳴りながら走って来た。軍手をはめた手には何か細い竹のようなものを掴んでいる。走って来ると一撃オスの背中をピシャリと擲(なぐ)った。擲られたオス犬は背中を縮めながらキャンと啼(な)く。が、メスの背中からは離れようとはしない。腰を動かし、前脚二本で深くメスの尻を抱き込んでいる……。
擲った犬殺しは、首を廻わして石の上に倒れている自転車のペダルを見た。自分の自転車が倒れている。しかもペダルが折れている! 瞬間、犬殺しの表情は変った。
「畜生!」と犬殺しは歯を食いしばって打つ。キャアンと犬は鳴く。それでもオスは、抱え込んだメスの尻から離れない。離れないどころかさらに深くメスの尻に乗ろうと、後脚二本を地面に突っ張らせて、下になったメスを前へ前へ押す。怖いのと押されるのとで、メスは逃げたいらしい。が、オスが離さない。ムチを避けようとオスが上躯を右に左に動かすと、下のメスも右に左に躯を動かす。その度にメスは躯をギュットすぼめる……それから犬殺しの怖(おそ)ろしい形相に気づくとメスは逃げようとする。が、オスは彼女のシリにしがみつく……。
「何て図太い本能だ!!」と犬殺しは狂ったようにオスを打つ。キャンキャン、キャキャキャンキャンキャン、キャンキャン、キャンキャンキャンキャン、キャンキャンキャン、キャンキャンキャンキャンキャン、キャアーンキャアン、キャン……と打たれオスは未だ鳴きつづけている。
不図妻の言葉を憶い出した――彼が本能だ自然だといったからであったろうが、いつか妻と、動物と人間との本質的相違について議論をしたことがある。――妻は「神」を持つところが動物と異なるところだと主張したが、「そうじゃない。人間は自己の行為に責任を感ずるところが動物と異なるところさ」と笑った。
「神とは良心のことであり、良心とは本能のことだよ」と彼はまた笑った。……が、犬殺しに擲(なぐ)られて、キャアンキャアンと露骨に声を出して鳴けるところが、やはり動物だと今日の彼は思うのだった……。



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