2014年8月14日
人間と自然-12-4 荻野彰久・荻野鐵人
……車庫へ行ってエンジンをかけたがかからない、そのまま走った。
人々は忙しげに行き交い、自動車が走っている。風が吹いて裸の街路樹の小枝を躍らせていた。二才にしかならないMartineは、大量の麻薬を呑まされてしまったのだ。その母親と彼の妻とは最近めっきり親交の密度を濃くしつつあるときでもあった。
Martineの死因は誰が診ても直ぐ解る症状となろう。
〈業務上過失致死!〉走っていく。他人の死刑になった噂話よりも一年でも自分が獄舎に繋(つな)がれることは、いやであった。走って行く。〈Martineを殺したのは、僕じゃない!〉走りながら彼は、心に叫んだ。〈――僕じゃない!〉と。
狂者のように、白衣姿の裸足で走って行く彼には、流しているタクシーも停ってはくれなかった……〈自己の過ちに対して誠意を示そうとした時は、何故か社会はそれを受け入れてはくれぬのであった〉……。
走っていく。一人問うて、一人答えながら走っていく――。
〈Martineを殺したのは看護婦、お前だ〉
〈いいえ先生、わたしじゃございません。わたしは眠かっただけなのです。過労だったのですわ。先生がわたしを働かせ過ぎたのですわ!〉
〈子供たち!Raybitよ。健一よ。Martineを殺したのは、お前たちだよ〉
〈父さん、何ですって? ぼくがMartineを殺したのだって! とんでもありませんよ。ぼくたちは一度だって診察室へ行ったこともありませんよ! そうですよ。弟は未だ三つだし、ぼくはロンドンのお婆さんのうちにいるじゃありませんか!〉
〈いや、それでもお前たちが殺したということになるのだよ〉
〈だって、ぼくらが産れたのは、ぼくらには何の責任もないことです。母さんにも、父さんにも愛してくれとぼくらは一度だって頼んだ覚えはありませんよ。勝手に父さんたちがぼくらを産み、勝手にぼくらを愛しているじゃありませんか……人間はきっと子供を産ませられて子供を愛させられて……そういうふうに人間は創られているのですよ。お父さん〉