2014年8月15日
人間と自然-12-5 荻野彰久・荻野鐵人
〈妻よ! Martineを殺したのはお前だよ〉
〈トンでもない! アナタ、気でも狂ったのですか! あなたが往診にいらしたときわたしはRaybitに服を着せていたじゃありませんか! それにわたしは薬室や診察室へ這入ったことはありませんもの!〉
〈それでも、Martineを殺したのはお前だということになったのだよ〉
〈あなた! 気が狂っておしまいになったのね! 社会で、書斎で、頭の中で、あなたは何を考えていらっしゃるのかわたしは皆目(かいもく)解(わか)らないじゃありませんか!〉
〈だからこそ、お前が殺したことになるのだよ〉
〈解りません。さっぱり解りません! あなたの頭が突然異常になったという事実以外はわたしにはさっぱり解りません!〉
〈解らないかナァ、生活費を呉れとお前が言ったろ? だからさ、僕はお前や子供たちにその金を渡すために、働き、こうして人を殺してしまったのだよ〉
〈あなただって食べて生きて来たじゃありませんか! それに男は誰でも働きますわ。わたしだってこれで苦労していますもの! リンゴ一個買うのだって安いものをと神経を使い、マッチ一本擦(す)るのも節約していますもの!〉
〈いや、そうじゃない、僕はお前たちによい生活をさせるために――〉
〈――よい生活ですって。あ、そのことでしたら、わたしはただ、早くて便利で快適な文化的生活がしたかっただけですわ〉
〈そうだよ。それだよ! 僕はお前や子供たちに、その「文化的生活」をさせるための金を手に入れようとして人を殺してしまったのだよ。だから,つまりお前と子供たちがMartineを殺したことになるのだよ……〉
〈それじゃ、Martineを殺したのは、わたしでもなければ子供でもなく、いいえ、あなたでもありませんわ。Martineを殺したのは現代文明ですわ!そうよ、現代文明こそMartineを殺した張本人なのよ〉