2014年8月16日
人間と自然-12-6 荻野彰久・荻野鐵人
走っていく――ハァハァと息をはずませながら走り続ける。郵便局の前を右へ曲り、市場の前の人々をかきわけながら走っていく。
〈きみ! そこを走っていくトラックの運転手! Martineを殺したのは君だ!〉
〈え? 誰がいったのですか。そんなことを!〉
〈僕の妻がいったのだよ〉
〈Martineさんをぼくが殺したというのですか?〉
〈現代文明がMartineを殺したというのだよ。つまり君が運転している自動車が走り過ぎたためにマルチーヌは殺されたのだというのだよ〉
〈だって、こっちは走らなければならないのですからね。十時間で行くところを五時間で、五時間のところを二時間或は一時間で、ネ。それにどうです。また新しい機械がどんどん出来て来たじゃありませんか。ロケット! 全く便利な世の中になったものでさ! 来年は月世界、サライネンは火星でさ……それでもあなたは機械文明に口を歪(ゆが)めるのですかい……どっちにしたってそんな、そんなことは、会社にいって貰いたいのですがね〉
〈会社?〉
〈え! 会社でさ、つまり組織でさ、それでいけなきゃ、それ研究室のなかの学者と商人に云って戴きたいね、エ!〉
〈学者と商人と何の関係があるのだ?〉
〈そうだ、中間にマスコミがありましたっけ〉
〈君のいうことは解らんよ。あっちへ行け!〉
〈ふん、気狂い! 自分でMartineを殺しておきゃあがって!〉