2014年8月18日
人間と自然-12-8 荻野彰久・荻野鐵人
彼は走っていく。心臓が弱ってきて唇はもはや白い。玉の汗が額から流れている……なおも走り続ける……。
〈恩師――貧しい服装をして歩いていくのは昔の恩師じゃございませんか? Martineを殺したのは先生だということになったのですよ〉
〈君!変なことをいって貰いたくないね! ぼくは君に学問を教えただけじゃないか! Martineがどうのこうのぼくは云わなかったよね〉
〈いいえ、先生はぼくに誠意が足りなかったのですよ。成程、ぼくは先生から学問は教えて頂きました。でも人間を愛する教育はして頂きませんでした〉
〈何を馬鹿な! 君!教師のお給金は君、幾らだと思うね。こっちは水を飲んで生きてるのじゃないのだ! 人間だ、愛だ、そこまで考えが回らないね! それに君、駅前のこの人出を見たまえ、あれだけの人の中でどうやって生きていくのだ! 誰があんなにタクサン産んだのだ? 誰がこんなに生存競争をさせているのだ!〉
〈生存競争?〉
〈そうさ君、戦争のことだよ。誰が戦争をさせているのか考えてみようと云っているのだ!ぼくの講義のどこかに必ず云っている筈だ! 君はもっとノートを読みたまえ!〉