2014年9月8日
高遠そば-2-1 荻野鐵人
2、幕末維新史
「お爺さん、どうもありがとう。とってもおもしろかったよ。それじゃ僕たちはそろそろ帰らないと。おそば代はおいくら?」
「ええ! もう帰るって、まだ話は半分ぐらいだよ。冗談いっちゃいけない。たとえ泊まっていってもらっても全部聞いてもらわないと」
「そんなあ !」
「まあすわって、すわって。話はこれからなのだ。そば代はいらないから」
「ちょっと待っていてな」と言って奥へ引っ込んだまま出てこない。
「そば代を置いてこのまま逃げちゃおうか」と言うものと「全部聞けば只になるのなら聞いてあげようよ」という者が半々で迷っていると、分厚い和綴(わと)じの本のようなものの埃(ほこり)をはたきながら、お爺さんが出て来た。
「これは先祖が書き残してくれた幕末のころの日記だが、こうなったら間違ったことは言えない。これを見ながらみっちりと正確に話すから、このそば屋に入ったのは運が悪かったとあきらめて、歴史の塾にでもお母さんに入れられたとでも思って聞きなさい」
塾と聞いて、僕たちの背中は反射的にピーンとのびた。このお爺さんの顔も塾の先生か、大学教授のように見えて来た。
「天皇が暗殺された話なのだ」
「天皇陛下が殺された!! 一体どの天皇が?」
「しー ! 声がでかい。世が世ならこんなこと話したらこれだよ。聞いた人だってただじゃすまない」と言って首を斬られるしぐさをし、誰も聞いていないかと確かめるようにあたりを見わたす。僕たちはシーンとして顔を見合わせ緊張してしまった。以下、お爺さんの話を史実に沿ってまとめると次のようになる。
会津藩は藩祖保科正之のあと正(まさ)経(つね)を経て3代正容(まさかた)の時に松平となり、以後、容(かた)貞(さだ)、容頒(かたのぶ)、容(かた)住(おき)、容(かた)衆(ひろ)、容(かた)敬(たか)に次いで容(かた)保(もり)が9代藩主となった。
肥後守容保は天保6年(1835)の生れ、家老西郷頼母(たのも)より5歳下、美濃高須藩主松平摂津守義建の6男に生まれて、弘化3年(1846)に会津松平家の家督養子に入った。
頼母が家老職に就くのを待っていたかのように会津藩は重大な局面を迎えることになった。幕府が藩主に京都守護職を任命してきたのである。御三家に次ぐ血の濃さが、幕府の存亡に関わる重大局面に際して、会津藩が京都守護職を拒めない立場にさせていた。
黒船来航によって急激に高まった尊皇嬢夷運動が各地で加熱し、京都では異人斬りや異人館の焼き打ちに始まって、テロの嵐は一般民衆にも及んでいた。
