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2014年10月8日

高遠そば-3-8 荻野鐵人

西軍が江戸に無血入城し戦争の気配が奥羽越列藩との間に迫るに連れて、会津軍は国境の日光口、越後口に向かって配備についた。先制攻撃を唱える家老西郷頼母を総督とする部隊は奥羽の関門である白河城に向かった。陸羽街道の白河を経て会津へ入る勢至堂越えは、代々の会津藩主の参勤交替に最も多く使われた道であり、南から大挙攻め登ってくる西軍を防ぐための最も重要な拠点でもあった。この口が破られることは即、会津の潰滅を意味したのである。
8月21日、母親のふじは、病床の四朗を無理に起こし衣服を整えて登城するように命じた。四朗は顔も蒼白で歩行もおぼつかない状態で呆然としていると、「そなたは柴家の男子ではないか。父上はすでに城中においでです。急いで父上の許に参じなさい。このまま伏せっていて家の名を辱しめる積りですか」と大声で叱責した。五郎ほか家族全員で四朗を門前で見送ったが、ふじは目頭を袖で押さえ家のなかに飛び込んだ。五郎は門前で立ちつくしていた。その五郎を、面川沢の別荘の留守番をしてくれていた大叔母のきさが、「沢では丁度栗の実が一杯熟っている、山には松茸、初茸も出揃っている。泊まりがけで採りにおいで」と誘いに来た。ふじも、「学校も既に閉鎖されており、男子は総て城中に居ります。そなたは叔母様とともに御行きなさい」と五郎を促した。ふじは上等な黒い服を取り出して五郎に着せ小刀を帯に差し、手拭、懐紙など心を込めて取り揃え、「沢山採って来なさい。帰って来たら松茸ご飯でも作りましよう。待っているからね」と、竹篭を手渡して急がせた。五郎は予てから話合いがなされていたこととは露知らず、81歳になる祖母つね、50歳の母ふじ、太一郎妻とく、姉そい、妹さつらに門の前で見送られた。邸内には笑い声も絶えてなかったので幼な心にも浮き立ち、いそいそと出発した。わずか7歳のさつまでもがこれが今生の別れと知っていた。彼女もまた懐剣を持ち自害の時を待つ身だったのだ。男子はせめて一人だけでも生きながらえさせて柴家を相続させ、藩の汚名を天下に雪(そそ)がせよう。戦闘に役立たない婦女子は篭城していたずらに兵糧を浪費してはいけない。敵侵入とともに自害して辱しめを受けないこと。ふじをはじめ一家の女が申し合わせてあったことだった。



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