2014年12月15日
藥、一服(その2)荻野彰久 荻野鐵人
源三は消えかゝったタバコを、喫って再燃させるように、顔を天井に向けて幾口か大きく喫って、
「なあんの、嫁が里のおっかさんに話したらしいがのん、向うのおとっさんが来て、はじめて俺は嫁が寝れん訳も、逃げ還った訳も、解ったがのん、そりゃまだ18だぞん、俺は無理もないちゅうだのん、のん、それに、これは誰が聞いたって、俺んとこの謹作(仮名)が悪いちゅうわのん、のん、いや、うちの倅も、先生んとこに御厄介になる前にゃ、そうでもなかっただがのん、今夜俺は酔った勢で、先生に文句を申しに来たじゃあないぞん、そりゃ今夜俺は飲んではいる、酔ってもいるよ、そしてこゝに焼酎も持っては居るぞん(と彼は、小さい角のウィスキーの古瓶みたいなものを、懐中からとり出して、電燈に透かして見せて)だが俺は、そう解らんことは先生に申しませんだ、のん、先生は相談に乗って呉れると、こう思ってのん(と上体を前後に頻(しき)りに動かして)、それで先生一つお訊(たず)ねするだがのん、倅のようなあんな病気をすると、なにか、2年も3年も経ってから、あゝなることもあるかのん ?」と、私を睨(にら)むようにしながら云った。
彼の言葉を聞いて、私は職業意識から来る緊張を覚えた。彼の息子が入院していたとき、私は毎日脊椎注射をしたことを憶(おも)い出し、其のときの何か後遺症を頭に泛(うか)べて居た。
「じゃ、明日でも、一度、息子さんを連れて来るといゝ、調べてみた上で相談するとしよう」
「なあんの、そんなこと、せんでも注射か薬で治ると思うがのん、実はのう―」と、彼は云いながら、酒気ある口を私の鼻先へぐっと寄せて来て、
「実はのう、つまり、その、つまり、なんだあ―」と、こんなに云って、要するに25歳の息子が結婚初夜、新妻に甚(はなは)だしい猥褻(わいせつ)行為をし、18歳の彼女は大変驚いて、翌朝早々里へ還ってしまったと云う意味のことを云った。
あとで私が、嫁さんから聞いた話だが、彼女は「猥(みだ)らな」行為をされて里へ逃げたのではない、予想しなかった生理が突然来たので、里へ相談に還った。そして母の顔をみると少女らしい感傷で泣いた。里の父親がそれを井戸端で聞いて娘の泣顔を見てしまつた。娘は母親と何かの話のついでに、
「男って、まさか、あんなことするとは思わなかったわ、男って穢(けが)らわしい」と、こんなことを一寸話した。それをもともとこの結婚には反対だった父親が聞いて、極端に猥らな行為をして自分の娘を辱(はずかし)めたと、早合点して、其儘(そのまま)キーキー云う自転車で、二里の道を突っ走って行って、先方の父親に抗議した。その抗議が走って来た勢で、少し乱暴だったらしく、こちらの父親の感情をすっかり刺激した。