2014年12月19日
藥、一服(その6)荻野彰久 荻野鐵人
「あんた、最前から息子さんが、脳を病んだから、太陽族だの、色を好むだのと、仕切りに云うけど、治療に当った医者として一言して置くが、どんな人間でも脳が変だ、気狂だと、そんな色眼鏡で眺めたら、正しい人なんて曖昧になる、それはその人の根ざした性格や、気質あるいは趣昧で、ね。陽気な人と陰気な人とあるように、ね」
「そうかのん、それでものん、うちの息子は嫁に変な真似をするようだがのん、しかも、一晩中寝かせんらしいのん、そこだのん、はじめに先生に薬一服貰いたいと言ったのはのん、倅の奴、精が強過ぎると俺は思うだがのん、それでその精を、ちいと減らす薬ちゅうもんが欲しいだがのん、そうすりや何んだあ、あの子も躰を休めて、のん。そうだが精が強過ぎて女の躰ばかり欲しがる人間は、きっと悪い事するでのん、きまっとる、若いものも年とったものも男も女ものん。余処(よそ)さまは、それでいいけど、うちの息子は、それじゃあ困るちゅうだのん、女房の奴も心配するしのん。そんな薬ないかのん? こう、精をちいと弱らかす薬をのん!」と、云って懐中からまた例の焼酎瓶を出し、茶碗を私に向けて、
「先生、先生、まだ焼酎あるぞん、ちいとどうだん、ほんのちいと、のん」
「あの子のような優しい躰、もたあかのん、倅のあんな象みたいな大きなずうたいで、一晩中じゃのん。だから夜になると、蚕室の階下(した)に寝ている俺は、もう冷や冷やするぞん、あの子を抱き過ぎて殺しゃせんかとのん、そんなこと想うと俺はもう、二階の蚕室の梯子段をトントントンと、かけ上っていって、「そんな乱暴なことすりや、死んじまうじゃあないか!この象奴!」と、どっついてやりたいと思うこと、何べんあるやら知れんぞん、でも、女房の奴が、俺の脇をつゝくもんで、俺はまア我慢するだがのん、謹作の奴も俺みたいにおもうことをするとえゝちゅうだのん、のん ?」