2014年12月20日
藥、一服(その7)荻野彰久 荻野鐵人
「え? 何んだね、そのおもうことって ?」
「眼をつぶって、胸にこう思うだのん!」.
「あ、空想や想像、そんなことかね ?」
「まア、そんなとこだのん、今での若い者は、空想で楽しむことをせんでいかんのん、のんほい、色も香もないのん、俺は、酔った勢で言うじゃあないが。のんほい、あの子の指一本触れんぞん。でものん、こうなんだア、俺のこの腕にのんほい、あんなきれいな子が、こうなんだア、寝ていると空想するだのん、のん、俺の胸にあの可愛らしい口をあててさ、のん、俺は、こうなんだア、手前の臭い息があれにかゝらんようにのん。そいでなんだア、俺の手にこう抱かれて、のん、一寸寝返りを打ってさ。あの子は倖せそうに、眠ってる。俺はなんだア、こう、あの子の折角の眠りを覚まさんように、こうのん、自分の息を殺して静かにそおっとのん。あの子は神様みたいに、すやすやと、こう寝入ったぞん、だが俺は、こうなんだア、手前が倖せでのん、白いのが、眼からポタリと落ちる、あーあー、俺も永年苦労したけど、よう生きて来たとのん。するとあの子が、こうなんだア、夢を見てか寝苦しいように、胸の上の自分の手を落す、俺は、そおっと、こうなんだア、手をのん、あの子の手を、かるーく握る」と、空想快楽に耽っている源三は女の手を握ったつもりが、燃えている炭火だ!
「おっとと、あんた、それは炭火だ! 熱かったろう。火のついた炭火を握っちゃ、熱かろう」
ルネツサンス時代の画家が表現した法悦の人間の表情は、性的悦楽と同様な表情ではなかったかと、私は不図そんなことを考えて居た。
「あんたは、中々、空想の大家だ、お百姓じゃ勿体ない、たくましい空想家だ」
「いかんかのん、そんなこと、空想しちゃ ?」