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2014年12月30日

藥、一服(その11)荻野彰久 荻野鐵人

夜になった。父親は、例の空想快楽に耽りたいかのように、早くから床についた。彼女にも二階へあがって早く寝るように言った。
「わたしは、未だ風呂に入ってないから」と、嫁は、二階から自分の道具を持って、走るように風呂場へ行った。
「そうだったなア、ほんに」と、源三は自分がすっと先に風呂に入って、もう冷えた頃だと気づいた。
「どれどれ、俺が少し焚いてやらあ」と、枯芝を持って、焚口にしゃがむとき、彼女の美しい頂(うなじ)が源三の眼を射た。
嫁も訊ねず、父親も話さず、息子は、なかなか帰らなかった。階下の黝(あおぐろ)んだ柱時計が、ボンボンボン……と11時を打っても、謹作は帰って来なかった。
彼女は二階の蚕室で一人、電燈を点けた儘寝て居た。その光は、梯子の段々を反射して、下の源三たちの部屋の一部を、仄(ほ)んのり染め出していた。源三は、なかなか寝つかれなかった。時どき光の来る方向を眺めたり、また眼をつぶったりした。二階の嫁の寝姿が、夢でのように頭に泛(うか)んで来る。蠢動(しゅんどう)していた連想や想像が、空想となって飛(ひ)翔(しょう)しはじめた。やがて帰って来る謹作が、二階へ上って惹起されるであろう出来事が、自分の経験的知識から、生々と源三の頭に泛んで来た。それにつけても、源三は「若い者はえゝなア」と、青春に、一種の郷愁を感ずるのだった。
彼は思わず、ああと溜息をついた。そうした性慾的青春には、未来が誇張されて想像されるのであった。彼の言によれば、青春を喪った性生活は、それが夫婦の場合ですら、何か不純なものに思われるのに、青年のそれは何故か純粋なもの、美的なものに思われてならなかった。
五日目に逢う若い男女のそうした姿態の想像は、源三を寝苦しくさせた。彼は寝返りを打った瞬間、また別な考えが閃いた。性慾(過剰と父親は想っている)的な息子の痴態が眼に浮ぶようであった。そのときの父親の感情は、父性を越えた嫉妬心よりも、寧ろ、か細い嫁の守護神たらんと念ずる気持が勝っていた。恐らく、その両方だったのかも知れぬ。
息子が帰って来た。例によって怒ったように黙って、階下の父親や、病母の寝息を伺うようにしながら、光に向って梯子段を、勝ち誇ったように昇って行った。
床の中の父親は、ムッとした。
帽子を投げ、オーバーを脱ぎ棄てる音がした。
「あ、キミ、帰って来て居たの !」
 「――」
「よかった、よかった、来て呉れんかと思ってね、それじゃ、早く帰るんだったよ」
 「――」
 ――と間もなく、二階の床板がバタアンと揺れるのが、階下の父親の耳には、強く、響いた。
静かになった。



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