2015年1月3日
藥、一服(その12)荻野彰久 荻野鐵人
「あつ ! 嘗(な)めてる !」と、源三は思った。
パタアンが罷(や)んだ後の静けさ。
「あの子は嫌(いや)がってるのに、謹作奴、口を嘗め、頂を嘗め胸を嘗めて!それから……。太陽めが!変態性魔が!」と、源三は感じた。彼は自分の胸の動悸を聞いた。自分の全身が戦々(わなわな)と震(ふる)えて来るのを感じた。
「あんな純真な子に、西洋かぶれめ、太陽奴、嘗めたりして穢らわしい真似、しやがって!色狂め !」と、「正義」に燃えた父親は布団の中で、拳骨を握りしめて居た。何も知らない傍の病妻は、眠っていた。
二階の電燈のスイッチを拈(ひね)る音が聞えた。階下の部屋も闇となった。暗黒は源三の空想を燃やした。
バタアンと、また大きく響くのを源三は感じた。
「無理矢理に抱き竦(すく)めて寝やがったな」と、彼は想った。
「5日も逢わない今夜だ、あの太陽奴 ! 色魔奴 ! 今夜は……」と、考えた父親は、全身耳になって動向を伺う気持になった。
暗がりの二階は静かである。
源三は、いつか、新聞か雑誌で読んだ記事を憶い起した。男が、押し寄せた快感のあまり、寝て居た女の首を締め過ぎて、気がついて見ると女は死んでいた、と言う記事であった。――その記事が、階下の父親の頭に生々しい画を画いた。彼はその上に更に、空想の画の具を、塗りまくった。
「謹作め ! そんな事を仕兼ねない男だ !」と、父親は思った。
――と、ギャアッと太く始まって、細く終る声を、階下の源三は聞いた。確かに聞いた。真違いないと思った。
(あの子、首を締められている ! 殺される!) と、階下の父親は感じた。彼は立った。梯子段の影に寄った。息を殺した。更に様子を伺っていた。
バタアンと二回目の音が、響いて来た。
(あの子、息が切れて、苦しまぎれに宙に上った両腕が、床へ落ちたのだ !) と、父親は思った。さあ、もうこれ以上我慢ならなかった。
(謹作奴は、俺が殺してやる!) と、父親は、持つものも持たず、息子夫婦の寝ている二階へかけ上った。光を失った暗黒の中で、息子の頭髪らしきものを掴んだ。梯子から下へ真っ逆さまに突き落した。