2015年1月6日
akira's view 入山映ブログ 漢字検定
財団法人日本漢字能力検定協会(以下「漢検」)をめぐる一連の報道は、既視感(deja vu)そのものだ。またしても公益法人の不祥事。今度は儲け過ぎ。監督不行き届き。監督官庁(今回は文部科学省)大臣(あるいは高官)コメント。そして当該法人がお取り潰しになるか、是正命令が出るか、それで幕引き。本質は何も変わらない。問題の所在に対する認識と対応の仕方がピント外れだからだ。
漢検問題の本質は儲け過ぎではない。検定料が高いといっても、どこかの省庁の外郭団体のように、半強制的に講習会に出て資格を取らせ(もちろん法外な講習料を取る)、その資格保有者がいないと入札に参加できなかったり、さまざまな不利な取り扱いを受ける、という訳ではない。文部科学省がお墨付きを出したおかげがあるかもしれないが、大変な人気で、英検をしのぐ受験者がいる、というから結構な話ではないか。別に売れに売れているものを値下げする必要はなかろう。問題はあがった利益の使い方にある。漢字と漢字文化圏に関連する文化事業は数限りなくある。のみならず、奨学事業だって、「ひきこもり」や非正規労働者再教育だって、少し頭を柔軟にすれば周辺分野は無限に拡大する。
もちろん財団法人には寄付行為(定款と思えばよい)があり、そこに記載されている以外の事業はできない。ならばそれを変える、幅を広げることを監督官庁に申請すべきだったし、監督官庁も検定料を下げよ、などという間の抜けた指導をしないで、お好きなガクシキケイケンシャの意見でも聞いて活動範囲を広げるくらいの知恵はなかったのか。もっとも、公益法人制度改革に見るように、収入が支出とピッタリ一致するのが公益法人のあるべき姿だ、などと浮世離れしたことをおっしゃっているお役所(12.28 「公益法人制度改革(2)」)であってみれば、そんなことを望むのも無理かもしれない。今回の対応を拝見していると、儲けすぎるから墓場に慰霊塔を建てたり、お身内でむしって食べてしまう。「そんなことができないように」儲けさせないようにしよう、というお役所の伝統的な発想を一歩も出ていない。
公共財の供給原資は常に不足がちである。さらでだに乏しい原資をオカミが一手に切り盛りするから馬鹿なことがいっぱい起こる。珍しく「民」の手で拡大再生産が出来るスキームが開発されたのだ。これを殺す手はない。まして、やろうったって出来もしない「指導監督」を、こんな時だけ出てきて「やります」などというものではない。うかうかしていると検定料を大幅値下げしてせっかくの金の卵を殺した上に、改善措置と称して文科省の古手が天下りしないでもない。桑原桑原。
2009年 02月 11日