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2015年1月30日

乞食と大学生(1)-3荻野彰久 荻野鐵人

蝉山君は又暴れて、点滴輸血を毀し、ベッドが血塗になっていた。既に肺水腫が発現し、下顎呼吸をし始めていた。私と看護婦は直ちに、又輸血をし直した。
「先生」と母親は、乱れた髪を掻き揚げながら、病人の傍の私の方へ顔を向けて云った。
「わたしは、もうこの子は助らないものと諦めています」と涙ぐんだ眼で云った。
「内輪の、お恥しいことですので、申し上げるのも変ですが、わたしは嫁の運が悪くて、こんなことになりました」
と母は溜息をして、
「セロフアン会社重役の娘さんでしたが、信次があまり欲しがりますから、未だ学生の身で、とは思いましたけど、貰ってやりました。それが……。」
「お兄さんは、美代子さんがあんまり美しいので、山本さんか池田さんに、奪われるといけないと思って、早廻りして貰って、式を挙げちゃったのよ。ちゃんとわたし知っているわ」
と妹は多少反抗するような表情で云った。
「それは、お前、どっちみち、貰ってやらねばならないものなら、お互いに気の変らぬうちに式を挙げた方がいゝとわたしも思ってね、ねェ先生、そうじゃございませんか」
「大体が、美代子さんと云う人は家庭的な人じゃなかったと思うわ、流行歌などを大きな声で歌ったり、日に二度も三度も服を更へて見たり、本統は何か歌手にでもなりたかったじゃないの?」
「それは、お前、誰だって娘時代は、派手なもの、賑やかなものに、心惹かれますよ」
「本統は、お兄さんもいけないけどね、式を挙げるまでは映画だ、散歩だと、毎日のように連れ出してばっかりだったが、さあ結婚してからは、それ勉強が忙しいとか、山本君や池田君よりも、自分が先に偉くなって見せるとか、そんなことばかりに専心して、美代子さんの存在と言うものを無視したエゴイストだったものね。そうかと思うと、山本さんや池田さんが遊びに来たら、美代子さんまで、二階へ呼んだりして、恰(まる)で、美代子さんを他の男性に近づけてやったみたい!」
蝉山君の血圧(最高)は、75、80、82と、漸次上昇し、脈拍も好転して来ていた。
例の新光さま一派は、私の無視戦術に出逢って、みな引揚げてしまった。
七時頃になると蝉山君は、眼を醒まして「口が渇くが」と不透明な意識で眩いたが、又睡ってしまった。
「俺は、美代子を殺してやる!」と、突然、蝉山君はムックリ起き上ろうとした。
「まア、少し落付いて!」と、母親は喫驚した表情で、手を押へて云った。
「譫(うわ)語(ごと)だから、心配せんでも」と、私は母を慰めるように云った。
「――でもお兄さんと云う人も可愛想なひとよ、真面目と云うのか、坊ちゃんと云うのか、要するに肌が合はないのね」
「だから、わたしが、白砂さんのお嬢さんがいゝと言ってもみましたのに、あの啓子さんなら、いまでもお兄さんのことを思って……(ハンカチで眼を拭いて)自分は一生結婚しないって言っているぐらいよ」
と妹は、母親にとも兄信次君にともなく、そんなことを言った。
信次君は、一週間で全治退院した。
爾来、信次君は、病院に来るようになった。
或る日、私は、病後で鬱いでいる信次君を荒蓼たるアメリカ南部的な風景の依古田海岸ヘドライヴに誘った。
其時、信次君が、次のような変な事を話した。



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