2015年2月4日
乞食と大学生(2)-4荻野彰久 荻野鐵人
「学生さん、お母さんは御丈夫?」と、占女は、存命ですかの意味でそう訊ねた。
「うん」と、信次は無愛想に答えた。
「何処へ行く路を、迷ったの?」
「うん、えへえ、ちよっと」と信次は、訊かれて具合悪そうに、変な笑いかたをした。
「どうも、面白くないからね」と、彼は又笑いながら言った。
「何がそんなに?」と、占女は何気なく訊ねた。
「うん」。
「女の方ですね」と占女は、信次の顔を覗き込みながら、
「あなたは、蝉山信次という方ですね」と、一度に話を飛躍させて訊ねた。彼はドキリとした。(占いって、矢張り!) と彼は女占の顔を見、眼を丸くした。
「いゝえ、あなたのお母さまが、美代子さんの事で、度々御見えになりましたから」と、女占は、眼を伏せた。
「ま、どうぞ、そこの板敷にでも、お坐り下さい」そう言って占女は自分も黝んだ角材の端に腰を卸した。
「あなたは?」と信次は、若者らしい猟奇心から、女占の顔を見ながら、訊ねた。
「わたしは、乞食の女占です。御覧の通りの乞食女です」
と言って、微かに頬笑んだ。
「へええっ!」と今更のように驚いた信次は、自分は、真夏の夜、夢を見て居るのではないかと、思われてならなかつた。彼は自分の大腿の筋肉を一寸抓ってみた。
信次は、墓場での此の女占との邂逅が、現実離れした何か幻想的な感じを受けた。信次は四囲を見廻した。遠くの住宅から二つ三つ灯が見えた。彼は人心地がした。
「貴方のお母さまは、私を確かな占女だと思っていらっしゃるらしく、すべてを申されました。それで貴方のことは識って居ります。美代子さんが派手好きで、浮気っぽい女性であることや、池田さん、山本さんと次から次へと男性を、漁る話なども伺いました。そんな美代子さんを、あなたは忘れられず、悩んでいらっしゃるお話も承りました。わたしも、其の美代子さんには同情出来ません。大変失礼を申し上げるようですが、自分の息子として、こうしてあなたに御目に掛って居りますと、わたしは多くの事を思います」
と言う女占は、諦め切った静かな調子の声で言った。
占女の話を聞いていた信次は、「お母さんは、お喋りだなあ」と、子供っぽい表情で、焚物の枯枝をポキンポキンと折りながら言った。
「この占女の年は、いくつ位かな?」と、信次は、ちらっちらっと、女占の顔を盗み見するように眺めていた。三十二、三にも見えたり、四十二、三にも思われたりした。(女の年は解らん)と窃に思ったが、その静かな物腰が母のような、姉のような親味な感情を、信次に抱かせる、のであった。