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2015年2月5日

乞食と大学生(2)-5荻野彰久 荻野鐵人

占女は、暗闇に燃え上る火を前に、静かに語るのであった。
「そうですね。あなたのような真面目な青年は、女性の欲する本当の愛情と云うものが、お解りにならないでしょう。御尤もと存じます。わたしたち女性は、貧乏よりも金持がいゝ。よい服や、高価な指輪もしたいのです。でも、女性はそうした物質よりも結極、愛情なのです、相手に自分が愛されている、そうしたこゝろが、大事なのです。あなたのように、山本さんや池田さんに勝ちたいと勉強なさる、それは解ります。でもね、あなたが偉くおなりになるのに、一晩や、二晩でしたら、それは勿論、女も辛抱も致しましょう。でもね、女は朝から晩まで、あなたの偉くなるのを待って、待って、待ち佗びて、日が暮れるのです。それでは、青春が素通りするじゃありませんか、ねエ、あなた、それでは、女は、古新聞になってしまうじゃありませんか。いくらなんでもそれじゃあ、女が可愛想ですよ……」
と女は、自分の想出を語るように、興奮した話声を、一寸澱(よど)ませ、指頭で涙を拭いて、
「ねエ、あなたはそれで宜しゅうございましょう。好きな学問、好きな金、好きな名誉、それを見極めておやりになる、それは立派だと思います。でも、その影にいる女は、一体、どうなるのでしょう?」
と女は首を曲げて、信次の顔を覗き込み、何か訴へるようにして続けた。
「あなたは、おっしゃるでしょう。男女結ばれた夫婦と云う形式は、あなたはエレベーターの箱だと、おっしゃるでしょう、昇る時は、一緒だって仰(おっしゃ)るでしょう。でもね、あなた、あなたは、そのエレベーターに、何時乗せて下さるのですか、明日なのでしょうか?明後日なのでしょうか? え?」と近寄って来て、
「あなたの女は、あなたの、夜の愛を待ち佗びて、色の変った古新聞になってしまうじゃありませんか!え!いくらよい内容が書かれてあっても、古新聞じゃ、ね、どなたも読んでは下さらないですものね。ですから、女は、誘惑に負けるのです。そうした男性への憧憬(どうけい)がこゝろに悽(す)みつくのです」と女は静かな、底に諦観をたたえた調子で云った。みそうですね、女は手でも握って戴きたいと思っている、男は、忙しいのに、そんなことを!と思っている、……
ほゝ、ほゝ、男性と女性、まア、それ位の相違でございましょうか。でも男性には、大事な御仕事というものが、おありになるんですものね…」と局は語るのだった。
信次は、こんな夜更けに、こんな墓場で、女乞食だとばかり思っていた女性から、こんな話を聞くなんて、どうしても現実だとは思えない。
信次は、二度も自分を裏切った美代子に、自分が弱音を吐き同情して、こんな夢を見ているのかしらとも思ってみるのだった。
二人の間には、しばし沈黙の時間が流れていた。鈴虫が墓場の草叢で啼いていた。蛍が立木の枝を縫うように飛んでいた。これだけは現実だと彼は思った。信次は頭をあげて、また四囲を見廻わした。墓と墓との間は、公孫樹(いちょう)で埋っていた。其の公孫樹が、燃え盛る焔の照りを受けて、一種幻想的色彩に一染まっていた。彼は視線を其の儘、空へ向けた。雲が割れて月が覗いていた。墓の向うには、寺の瓦が、時々月光に光っていた。右手は森と、畑と青田で、左手は人家が竝(なら)んでいた。



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