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2015年2月16日

スターリンへの端書(3)荻野彰久 荻野鐵人

自分は役場のものでなく、遺族係でもない、と聾にでも云ってきかせるように、医者は大きな声で叫ぶと、老人は、医者の方へ皺の多い顔を乗り出すようにし、
「じや、アンタは何だん?」と声を低めて訊ねた。医者は縁に手をつき奥へ顔を向けて、来意を告げた。
老人は眼を丸くし、突然驚いた表情をしたかと思うと、母屋の方へ身を乗り出して、
「善蔵!善蔵は居ないか!おたけは居ないか!お医者サマが見えたぞ!」としゃがれ声で呼んだ。声は裏の竹山に響いた。医者は母屋の方に視線を走らせた。盛んに人声が聴えていた。母屋と隠居の離れとの間には、丈低い細葉の垣がされ、ツルベの下っている井戸があった。医者は老人夫婦に会釈をすると井戸に影を落している木蓮の葉を眺めながら、声のする母屋の方へ歩いていった。入口まで来ると、中の人声は大きく騒々しく響く。医者は立ち停って耳をすませていた。何か、荒々しい声だ。それが止むまで医者は井戸の方を向いて待っていた。赤土の肌をした苗木の山が、川を隔てて真向いに見える、裏山では蝉が啼く。
「嫁だと云って、娘を貰い、いい程こき使って、すり切れると『さあ出て行けって』そんな馬鹿な!わたしはそれを云うんですよ、お父っさんみたいに、そう善くばかりとれませんね」中年女らしい太い声だった。
日焼けした中肥りの、野良着を着かえたばかりの村会議員夫人、そんなイメージが医者の想像のなかで立つ。
「そりゃお前、人形として眺めようと、嫁を貰わんさ、労働力の部分として貰った嫁、部分が欠けりゃ、全体が成り立たないじゃないか、そうお前みたいなこと云ったって」これは男の声だった。五十年輩の、田舎の中学くらい出たであろう、イガクリ頭の色の黒い男の顔が医者の頭に浮かぶ。
「では嫁は人間じゃないんでしょうか、それならそれで、人間の嫁を貰わないで、牛か馬の嫁を貰えばよかったのに!」
「お前みたいに他人を悪く々々ばかりとっても仕方がない!世の中なんちゅうものは、いつも自分の方が損をする心算でないと、お前みたいに対等(ついつい)にしょうたって、お前――それに、お前は使い過ぎたから、すり切れたと云うけど、人間は体質というものもあるし遺伝ということもあるしさ、まァ、それだけの運命さ!要は、よい医者にかけて、早く健康な体にしてやることさ!」
「娘が完全な体に癒ったからって、それですべてが済むことですか? ほんとに!未だ十八ばかりの娘を!」
「そりゃお前、健康が回復すりゃ叉、よい縁談があるわナ、お前みたいに、そんなに、焦ったって!」



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