2015年2月27日
サーカスの親方(1)-2荻野彰久 荻野鐵人
それから三日も経たない或る夜だった。偶然、ぼくたち三人は正門前の例のレインボウで又出逢った。そのときぼくはテーブルの上に出されている週刊誌を見ていたので、深い事情は知らなかったが、中村と佐々木が何か言い合っているナと思っていると、佐々木は突然大きな声で、
「医学部の連中は、みな馬鹿ばかりなんだ」と怒鳴っている。
「何を!」と中村が起つと佐々木は眼と口に云い知れぬ侮蔑を露わして、
「だって、いくら眼に見える物質ばかり取り扱っている医学生だって、それじゃ、あんまり、一般常識がなさ過ぎるよ」と云って口を歪めた。
眼の前でそれを云われている中村でなくとも、同じ医学部のぼくだって、ぶるぶる手がふるえるのを感じた。
女を物質や道具のように考えることがどうのこうのと、そういう議論から、医学部の学生に、眼に見える物質でしか、ものを判断しない、眼に見えない精神面をまるで無視している――というのが佐々木の主旨だったようだ。
キッと中村は佐々木を見すえたかと思うと、コーヒーの入っている茶碗を、佐々木の顔に投げつけ、さっさと出て行ってしまった。ついてぼくも起ってそこを出た。
ところが、中村のところへ佐々木が謝罪に来たという話を、ぼくが聞いたのはそれから何時間も経っていない同じ夜であった。しかも、それが、又実に気の毒なほど馬鹿丁寧な謝罪ぶりだったという。