2015年3月5日
サーカスの親方(1)-6荻野彰久 荻野鐵人
「貴様、それでも友か!」と、ぼくが拳を振り上げながら云うと、佐々木の云うことがいい。「いいじゃないか。双方とも知らないでいるんだから!」
最初、中村を紹介したのは、ぼくだったので、ぼくは腹が立ち、
「貴様は友じゃない!」と、佐々木を睨みつけると、
「友じゃないかも知れんが、俺は人間さ!」と、佐々木は笑っていた。
「人間じゃない、畜生だ!」
中村の気持になると、ぼくは、じっとしていられなかったので、そのときは佐々木を本気で憎んだ。
コーヒーなんか持って来たとき、顔を眺めると云って、妻も佐々木を嫌っていた。
「それはキミの思い過しさ。ぼくがいつも佐々木のことを悪く云うから、そう見えるんだよ」と妻をなだめると、「だって佐々木さんは、ワタシがお送りに出ると、門の蔭のところでワタシの首に、手を廻して強く締めようとなさるんですもの」
「それは酔ったときの冗談だよ。ぼくの友だちのことをそんな眼で見てはいけないナ」そのときはぼくも笑った。
佐々木が死んだと聞いても、ぼくの方から出掛けることはないだろうし、ぼくが死んだとしても佐々木にだけは来て貰うまいと、そうぼくは決めていた。
ところが、先日のゴールデンウイークで、ぼくは習いたての自動車で遠乗りに出掛けていった。本来ならば、こんなとき、ぼくはよく佐々木を誘って行くのだが、其後も又、同じようなことで佐々木とは喧嘩別れしたばかりだったので、妻と二人だけで出かけることになった。
が、乗る間際になって、祖母が出て来て、妻を連れて行くのだけはいけないと云い出した。叱るように、祖母はそれを云うと、裏庭の方へ歩いていってしまう。ぼくの眼に映る妻は、いつも祖母から不当な取扱いを受けていた。圧制に苦しむ人間というものは何故こんなにすぐと自己を殺してしまうのか。
「はい」と妻の、あまりにも無抵抗ぶりに、ぼくは却って、変にいらいらするものを感じた。習ったばかりの自分の運転ぶりを妻に誇示したい気持がぼくにあったのは事実で、それが祖母への反逆にまで発展していった。