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2015年3月13日

サーカスの親方(2)-5荻野彰久 荻野鐵人

誇りをすてて頭を下げてしまう――と川端さんは更に言うが、これだって佐々木にしてみれば、ちゃんと或る計算の上に立っての予定の行動で、一体に、自分の名誉を尊重する人は他人の名誉をもまた尊重するものだ、だから、例えば佐々木のような大の男が、地に頭をつけて謝れば、「今後は気をつけたまえ」と、誰だって許して笑ってしまう。だが、そこが、実は佐々木のネライで――と、川端さんは云うのである。「相手の気がゆるんだと見ると佐々木は聞髪を入れず<じゃ、仲直りに近々遊びにお邪魔してもいいですか>と来る、始めのうちは客間ということにもなるだろうが、常連になってくると、勢い『茶の間』ということにもなる。で、茶の間といえば、細君や娘の座るところであるから、佐々木は実はその『茶の間』に入り込むための謝罪だったのだ、だから被害者は、佐々木の毒にも薬にもならぬ議論の真の目標はどこにあったのか、事が起ってしまってから後で気がつくのだ」――と川端さんは、絵にあるロビンソンクルーソーのような髭だらけの顔をほころばせながら云っていた。

人を小馬鹿にしたような口を叩いているのは、確かに佐々木であった。開いた両足を一定地点に定着させられないほど酔っ払って、前後に振子運動を続けている。その佐々木と言い争っているのは、幸島であった。離れたところに立ったぼくから聴いていると、幸島が佐々木から何か因縁をつけられているようにも解れた。
文学部の学生は、随分プライドが高いのだとばかり聴いていたぼくは、例の川端さんの言葉を思い起さずには居られなかった。――佐々木という男は全く例外で、他の事なら、過剰なくらい自尊心の高い人間だが、女を手に入れるときだけは、あれでも男かと疑いたいくらい卑屈になる男だよ。女の問題とは異なった話題から、議論を持ちかけ、何とか彼とか云って、相手を云い負かすか、或は毒を含んだ言葉で嘲笑する――と、川端さんは云うのであった。
が、佐々木についてのそんな話を川端さんから聞かされたときは、真逆、とぼくも信じなかったが、いまこうして、二人の議論を聴いていると、川端さんの云ったのは、単なる悪口や誹謗ではないような気もして来ていた。二人の会話は、聞いていられないほど、退屈極まるものであった。



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