2015年3月16日
サーカスの親方(2)-6荻野彰久 荻野鐵人
「――?」
「――」
「お前の商売は何だっけ」これは佐々木の声だったが、幸島に向って、佐々木はこんな無礼な質問をしている。佐々木は股を開いて相手を見据えていた。罪人に対する旧式の警官だ。
幸島が黙って立っていると、佐々木は、
「お前、小学校の先生か何かだろう」と下顎を突き出して云う。
「ぼくは漫画をやっている。それがどうしたというんだ」
「あ、何だ、芸術家ですか、じゃ、君、芸術至上主義というのを知っているでしょう」
「それで?」
「ぼくは女性至上主義だ」佐々木は舌なめずりしながら云う。無視するように幸島は口を固く結んだまま立っていた。
「まア、それはいいや」佐々木は云って、
「君、さっき、女性がいるから、この世は楽しいとぼくは云ったでしょう。そうしたら、君は<何が楽しいか>と白眼をむいて反駁しましたね。してみると、君はどうも何か悲しいらしいんだが、君それを一つ云って見て下さいませんか」
「――」幸島は答えず、やはり頭の上から木の枝を折っては、葉を噛んでいる。すると佐々木が、
「ほうれ、見ろ。アンタが悲しい淋しいと云うのは、何ら根拠は無いのさ。あっははは」と顔を空へ向けて嗤(わら)って、「君は、唯何となく悲しいのだし、唯何となく淋しいのだよ。あっははは」
これでも幸島は黙っている。幸島は馬のように歯の間に一枚の葉をはさんでもぐもぐさせながら、佐々木を見つめたまま立っている。すると、佐々木は、また無意味に笑いだし 「アンタのような芸術家は、どうも哀愁感情がお好きのようですナ」と云って、「それを自らは何かヒューマニスティックに思っているんじゃないですか、あっははは」ズボンのポケットから煙草か何か探しながら佐々木は云う。