2015年3月17日
サーカスの親方(2)-7荻野彰久 荻野鐵人
「君は割り切っている。君は新しいよ」と皮肉を浮かべた唇を吊り上げながら云う幸島の言葉が、まだ終らぬうちに、佐々木はあたり構わず大きな声で笑って、
「――それはお前、自分自ら世界を複雑にし、自分自ら首を廻して『哀愁』を探し求めているんじゃないですか。例えば生活苦で死ぬ奴はだよ」と佐々木は人差指で幸島の胸を突きながら、「ありゃあ、徹頭徹尾腹が減って死ぬ訳じゃないんだよ。<このままで行けば、俺は餓死するかも知れない!>つまり、maybe かも知れぬ。つまり一種の杷憂であり不安であり、恐怖であるんだよ、不幸の予想でもって自ら首をくくって死ぬ、餓死するかどうかまだ解りゃあしないじゃないですか!不透明な未来で現在の『生』を断ち切ろうとする、そんなところから感情がじくじく湿って来るんだ。なところから『哀愁』が少量ずつ生産されるんだ、コホンコホンと咳が出る、あ、俺はテーベーじゃないか、飯が不味いなあ、俺は胃癌じゃないか、戦争!人類は滅びる、この不安、この恐怖を自分の頭の中で製造していながら、『ああ、人生は果敢(はか)ない』――と云っている。何ですかそんなもの、すべては未来じゃないですか。不幸を右手で製造しながら、左手で『哀愁』を探している、そんなひとに限って、風景でも人間性でも、何か美しいものに出逢うと、ふっと涙ぐむ。何ですか、そんなもの、あっははは」と、佐々木は笑ったかと思うと急に真顔になり、大きな声で、
「何故、非情に見ようとしないんだ?それはね」と佐々木はしばらく時間をはさんで、
「それはね、自分の奥の方にゼリーのような柔らかく弱いものがあるからなんだ、そうだそうだ、きっとそうだ、あっははは」佐々木はまた笑った。