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2015年3月23日

サーカスの親方(2)-11荻野彰久 荻野鐵人

「――?」佐々木が何か訊くと、唇をぴくぴくひきつらせていた幸島が小さい声で云い出した。
「第一、君は生れるとき、自分の自由意志で生れたのですか」幸島の声、
「うん、それで?」佐々木の声、
「親が勝手に、産んでくれたんじゃないですか?」
「この男は、下品なマンザイみたいなこと、云っているよ、うんそれで?」と佐々木は、わざとらしく耳を傾ける。
「そのときだって、ぼくらはオギャッと泣いた」
「うんうん、それで?」と佐々木の声。
「あれは母親の骨盤に頭が当って、痛いから泣いたのではないと思うんだ。<何故産んでくれたの?>とぼくならそう翻訳するね」
「ますますマンザイ調だ、うん、それで?」佐々木の声。
「これが人間の受ける苦痛の最初だ」
「うん、それから?」佐々木の声。
「それから、鋭いナイフはいかんだの、危ないから深い淵はいかんだの、悪い習慣がつくから女はいかんだの、君、これじゃ、自由というものがどこにあるんだ! 自由のない生命が果して幸福かどうか、云って見れば、親のいいオモチャじゃないか。それから後は、君の御存じの通りだ、それ学校だ、それ勉強だ、それ成績だ。これ又、云って見れば、親の果し得なかった夢の仇打だ。それから後は、女だ、女女女女と自分が意識しようとしまいと、明けても暮れても、異性に憧がれるんだ。大自然という借金取りから、身に覚えのない借金の返済をせまられているように、追い立てられる。そのため、或は人を傷つけ、或いは人を殺し……結婚したと思うと、生活のために一日として心休まる日、これなしという奴だ。成功せねばならず、成功するには、誰かと張り合わねばならず、つまり闘争だ、誇張して云うならば、つまり戦争だ。これが、楽しい、嬉しいと喜んでいいかどうか。しかもその紐の根源をたぐっていくと、そのずっと奥に『自己保存(エゴイズム)』という本能に、つき当ってしまうんだ。つまり、人間は、自然界から、いいオモチャにされているんだ。親が子供をオモチャにしているようにね。つまりワレワレ人間は、他人を妬み、他人を傷つけ、他人を殺す、それは、みな、大本能のために我知らずすることなんだ。しかもこの大本能は、セックスという小本能のためにする……、で、結局、人間の行為は、すべて、セックスに結びついているんだ。しかもこの性本能は、怖ろしい鞭をもったサーカスの親方のような「自然界」から、さずけられていることを思えば、ぼくらのすべての行為は、第三者、即ち自然界から、強制されているということに帰着すると思うんだ」と幸島は云って、更に低い声で続けた。



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