2015年3月24日
サーカスの親方(2)-12荻野彰久 荻野鐵人
「理性や知性をもち、これだけ文明を誇っている現代人が、自分の自由意志を全く去勢されてしまって、そんな、自然界の命ずるがままに屈服するとすれば、人間の尊厳、人間の叡智は、どこにあるんだ。ぼくはそう思う、それから――」
幸島が未だ云い終らぬうちに、佐々木がそれを遮って、嗤い出し、
「嘘だ!」と決めつけた。
「嘘?」驚いたように幸島は声を低めて訊ねた。
「嘘だとも!お前は腹にもない嘘を云っている!」
「?」幸島の顔は急に緊張にみなぎって見えた。
「お前の云う理屈は、成程、そうかも知れん、でも、お前は嘘をつく人間だと思う。その証拠にだよ、お前だって、いまからうちへ帰れば『本能』に導かれて、細君の傍へ行くじゃないか、どうだ、嘘じゃないのか!」
「――」幸島は沈黙を続ける。
「どうだ!そんな、お前、偉そうな口を叩くなら、自らその本能と戦って見ちゃ、どうだ!どうだ出来やしないだろ、説教がましいことをぬかしゃがって―……、だからお前のような人間のことを……、……ハハハハハ」
口をつぐんでしまった幸島は、じっと佐々木の顔を見つめた。
佐々木は、ひるまず喰い下っていった。
「大自然はどうした? 鞭を持ったサーカスの親方はどうしたよ!お前、自分の口から云ったじゃないか!」
幸島は云わなかった。一言も云わなかった。佐々木を睨んだ眼は動かなかった。佐々木は更に毒づいていった。
「おーい、大自然からの借金はどうしたのだ!おーい、ベレー帽の兄ちゃん、『本能』はどうしたい?おーい、芸術家の画家!人間の尊厳はどうした、おーい、理論芸術家!大自然からの借金はどうした?人間の叡智だと?」佐々木は幸島の岩のような沈黙にぶつかって、ガッカリしたのか、あたりを見回わし、幸島の眼に視線を合わせると、
「これだけ云っても答えようとなさらない……、フン、『本能』への闘争を、ひっこめましたか」佐々木は、吐き出す息で云った。