2015年3月25日
サーカスの親方(2)-13荻野彰久 荻野鐵人
「それじゃお前、選挙前の議員じゃないか、お前の思想は空手形ばかりじゃないか、云うことがふるってらア、人間が大自然という借金取りから、覚えのない借金で苦しめられているんだと!フン、大きく出たね、つまりお前、何だろ、人間というものは、遺伝と環境によって、生れ落ちた瞬間から、運命が決っていて、どう踠(もが)いても、どうにもならないって、云うんだろ。そうか、解った、つまりお前は、人間は、自分の意志で行動していると思っているが、それが実は、自然界からの『本能』によって、強制的に動かされているに過ぎないって、それを云っているんだろ!うん、それならば、はばかりながら、それは俺さまの縄張りだ。お前なんかに容喙(ようかい)される性質のものじゃねえよ。結局お前の主張したいのは何だろ、ええと何だっけ、うん、そうだ、個人の自由と内面の尊厳、いや、人間の自主性と、こうまア云いたいんだろ、うん、解った、了解々々、だがナ、それはナ、十九世紀に起った自然主義の基礎になった所謂(いわゆる)『決定論』と云うんだ、そんなの古いや!それとも、何かお前は、個人というものが、遺伝や環境によって既に決ってしまつている運命に対して、どう生きていけばいいか、それを俺に教示してくれると云うんかい?ハハハハ、いいじゃないか、一つ教わろうじゃないか、いいよ、云ってごらんよ」と佐々木が云っても、幸島は眉一つ動かさなかった。