2015年3月27日
サーカスの親方(3)-1荻野彰久 荻野鐵人
佐々木は、幸島を怖いとは思っていなかったけれども、連れて行かれるところが変に薄気味の悪い茫漠たる草野ガ原だった。
(これでも都内か?) 佐々木はあたりを見廻わさずには居られなかった。ここらは、世田谷の旧武蔵野の一角で、三菱が牛乳処理工場まで建てた広い牧場だった。が、戦時中に軍需工場に化け、米軍のB29に見舞われ、いまは跡かたもなく崩れ落ち、鉄筋のみが骸骨のように、激しかった爆撃のさまを物語っていた。右手に油を流したようにギラギラ光るものが見えた。水面だった。夜目に光る沼だった。深そうにいやに静まり返っていた。
「そこじゃない!」前に歩く佐々木の袖を幸島は後ろから引っ張った。佐々木は振り返った。幸島は黒々と茂った雑木林の方を指さした。佐々木は指さされた方向を見た。人っ子一人通っていなかった。
佐々木は歩いた。佐々木の記憶にこの辺の地形が思い出せそうで、すぐには浮んで来なかった。
「この先にお宮か何かあるだろう?」佐々木は後ろを振り返りながら訊ねて見た。佐々木は何か言葉でも交わしていないと、気味が悪かった。幸島は答えず黙って足を動かした。佐々木は盲者のように闇の中に半円に頸を回して周りを透して見た。
歩いていくうちに、ここらの地形を思い出すことが出来た。不良の仲間入りをして殺された佐々木の従兄が、惨殺死体となって発見されたのは、何でもこの辺だと、そこに見える竹藪を見て思いついた。三月ほど前の出来事である。<黙々として前を歩いていく幸島の奴、何を考えているのか解ったものじゃない)>イニシアチーブは幸島が握っている格好だった。<用心しないといけないぞ> 佐々木は足の鈍るのを覚えた。狂気という言葉も思い浮んだ。兇器という名詞も脳裡に気味悪く光った。