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2015年4月3日

サーカスの親方(4)-1荻野彰久 荻野鐵人

犬の絵を画きに行くと、小脇にスケッチブックを挾んで昼から出かけたまま、夕方近所の且那様方が手に鞄を提げて帰って来たときになっても、日が暮れて暗くなり隣の肥った山本さんの奥さんが風呂へいらっしゃいませんかと誘いに来て呉れたときにも、幸島は帰って来ない。その日は丁度、正子の誕生日であった。夫の誕生日なら兎も角、自分の誕生日にあんまり御馳走をごてごてと作るのも(出かけた幸島は御馳走をしておいてね、と云っては呉れたけど)気がひけた。昨日栓を抜いたばかりのラム酒がある。それを茶(ちゃ)箪(だん)笥(す)の奥から出して、明りに透かして見た。まだ半分以上残っている。その奥に又、全然手をつけてないコニャック酒も一本ある。正子は、町へ出てチーズを半ポンド、焼豚を百円買って来て、直ぐ出せるように赤いトマトと一緒に皿に盛って、冷蔵庫の中へ入れて蓋を閉めておいた。時計が十時を打っても幸島は還って来ない。こんなことは珍しい事ではない。結婚して一年になるその間に二、三回あった。最初は何でも正子が、高校時代のクラス会へ行っていて留守だったが、幸島は釣りに千葉へ出掛けたときで、二十になる彼女は暗い夜が怖ろしく、十二時頃になっても還らないので、隣の娘さんに来て泊って貰った。その次は幸島が家庭教師に行っているところで遅くなり、それに雪も降っていたので泊ってしまったと、朝笑いながら入って来た。訳もなく悲しくて、正子は麻布の実家へ行って三日泊って父に叱られた。今夜は三回目である。
「今日は早くね」と指きりまでして出かけて行った幸島である。卓袱台(ちゃぶだい)の前に坐った正子は首をあげて柱時計を見た。十一時である。腹はへっていたけれども、御飯なんかどうでもよくなった。砂利の上に足音が近づいたかと思うと消えていく。遠くで犬が吠える。(エイ、構やしない)と正子は勝手へ歩いて行って、冷蔵庫の蓋を開け、中から冷やしておいたサイダーを提げて来た。コップに砂糖をうんと入れ、サイダーでラム酒を割って飲んだ。最初、コップの十分の一ほど飲んでみた。美味かった。結婚披露宴の席上でのシャンパンの味を思い出させた。そしてその夜の事も……。



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