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2015年4月13日

サーカスの親方(5)-2荻野彰久 荻野鐵人

姦通を働く男のように、幸島はわが妻の部屋へ忍び込んだ。暗がりの中で彼は手を伸ばし進路を捜しもとめた。器物の立てる音で妻が眼覚めることを怖れた。掌で先ず卓袱台を手さぐった。が伸ばした彼の手は高度が過ぎて、壁にかかっている額縁に触った。犬しか画かない彼は、縁に触っただけで、この絵はいつ何処で画いた絵だと、そのときの風景まで思い浮かべることが出来た。
冬の陽溜りの中で、クリクリ肥ったスピッツの仔犬が無邪気に戯れている『本能の芽』という題の絵だった。彼はそれを壁からはずした。そのとき、隣の額縁に手が触った。これはどうしようかと考えながら、壁から先ずはずした『本能の芽』を脇下に挾んだ。隣の絵というのは、黒犬が後脚をあげて電柱に小便をしている絵で、彼はふざけて『生活』という題をつけたものだった。『生活』をはずせば、雑犬が交尾をしている『幸福』という題の絵もはずしたかった。が、彼は『生活』も『幸福』も、そのままにし、脇の下に『本能の芽』を挾んだ姿勢で、畳の上に掌を滑らした。卓袱台の脚をさがした。その拍子に正子の頬に手が触わった。ハッと、手を引いた。(起こしてしまっては俺は佐々木に嘘を云ったことになる) 夜ですら白く匂うような妻の肌が思われた。(本能!) 彼は歯を食いしばった。シーツの上に氾濫している妻の髪の毛が手に感じられた。斥候(せっこう)のように卓袱台と妻の枕との間に体を引きずるようにして前へ前へ進み伸ばした手で、二階の自分の仕事部屋へ上る梯子の第一段に触った。妻が犯されるのを二階で自分は堪えていられると、佐々木にキッパリ断言した自分を意識した。末端の葉に到達しようと、伸び縮みしながら幹を昇って行く虫のように上半身の方へ下半身を近づける行動を繰り返し、梯子を一段、又一段と昇っていった。声がした。妻の呻き声か。虫は這い上るのを止めた。凝(じ)っとした。下の妻の部屋はもとの沈黙へ還った。虫は又、上昇を続けた。一段また一段、四段目のところが、狭いながらも踊り場になっている。そこの壁にも一枚、犬の絵が懸けてあるのを思い起した。仔を取りたいので、コリー犬に交尾をさせ、それを見守っている。会社員の細君らしい中年婦人の絵で、彼はふざけて『神』という題をつけた。



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