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2015年4月22日

サーカスの親方(5)-8荻野彰久 荻野鐵人

生れて死ぬまでの人間の喜びや悲しみを一枚の犬の画に表現しようとした絵だった。本能によって生まれ、本能に導かれて生き、本能によって戦い、そして生の火が消えるとき、はじめて本能の火も消えるという幸島の考えを、一枚の犬の画にしようとしたものだった。
雪の日だった。麻布のフランス大使館の前をぶらぶら歩いていると、自転車に乗った犬殺しが、首に針金の輪をひっかけて、雑犬を二匹曳いていく。彼は立ち停って茫然と、それを眺めていた。前日から雪が降っていて道は滑り易くなっていた。犬殺しの自転車はあまり走れないらしかった。犬殺しは滑らぬように雪に泥濘(ぬか)った道を、緩慢にペダルを踏んでいた。相手が犬殺しとも知らずオスメス2匹の犬は、自転車の後ろを楽しそうに随いていく。仲よく並んで随いていったり、オスが先に、メスが後になったりする。同じ方向の道だったので、幸島も犬の後を追うように歩いていった。そのうちにメスが先になった。オスは尻を向けていくメスの性器が気になったようで、脚を停めて、じっと眺めた。間もなく又、走っていって鼻をくっつけた。メスの縦に割れた性器は彼女が歩くたびにジクジク動く。メスの動きようで、恥毛に囲まれた性器は彼女の躰動の如何によっては乱れた線を画き、嫉妬に狂った女の唇のようにも見えた。近づいたオスは、メスの性器をペロッと舐めた。びっくり、後ろを振り返ったメス犬は、尻尾を垂れて、性器を被ってしまった。またしばらく、オスは並んで自転車の後をちょこちょこ随いていく。そのうちにメスの背中にオスが、ひょいと乗った。その拍子に前から引くオスの首紐が、ぐいと犬殺しの紐の根元を引っ張った。瞬間、犬殺しはスッテンと、自転車もろとも、泥でぬかった舗道の上に真横に倒されてしまった。とっさに手から鎖は放れる自転車のハンドルはまがる。手は切れて血が出る。ズボンは泥に塗れる。石ころに頭もぶったらしい。犬殺しは直ぐに起きられない様子だった。側頭部から頬へ赤く血が流れていた。



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