2015年4月23日
サーカスの親方(5)-9荻野彰久 荻野鐵人
ようやく起きた犬殺しは、鎖ごと離れたオスの犬を探してあたりを見廻わした。3、4メートル後ろで、オスがメスの腰をかかえ込んで、しきりに腰を動かしている。粘液状の涎(よだれ)をたらしている。上に乗っているオスは気持がいいのか荒い息使いで、一本一本の肋骨が波立って見える。下になったメスは眼を細めて、四つ脚を地面に突っ張っている。
犬殺しが走って来た。「畜生、こんなところで!」と犬殺しは二つとも短く首輪につながっている鎖の先で、犬を擲(なぐ)りつける。オスは背中に降り注ぐ鞭の痛みに眼をしょぼしょぼしながらもかかえ込んだメスの尻から離れようとしない。「何て、図々しい畜生だ!」犬殺しは、二つの鎖を左手に持ち替え、腰を蹲めて、そこに落ちている垂木のような棒を拾うと、交尾している犬を擲りつけた。メスの首にも鞭は当るが、上に乗っているオスの背中により多く当った。キャンキャン悲しそうにオスは一鞭毎に苦しみながら、それでもメスの腰から離れようとしない。「この本能!」と犬殺しは狂ったようにかかった犬を殴る。それでも二匹の犬は離れようとしない。「よっし、殺してやる!」と、怒りに狂った犬殺しは、狙いを定めた。角張った垂木を振り上げた。殴った。バッタリ斃れたのは、下になっていたメスだった。狙いが狂ったらしかった。ガックリ四肢の膝を折って、斃れた。それでもオスはメスの屍を捉(つかま)えたままでいる。「この野郎!」と犬殺しは、オスの頭に一打、オスも遂にとうとう仆れた。眼を見開いたまま四つの脚を地面に投げ出し、メスの死骸の上に首を乗せている。オスの眼は泪のように濡れていた。雪は斜めに降りしきっている……。