2015年4月28日
動物風景-2 荻野彰久 荻野鐵人
あ-あ、俺も死んだ妻が恋しいナと思った。――今夜あたり妻が若しも死なずに生きていたらナ――あわてて分泌物を拭きとるために手を口へ持っていこうとした。そのときだった。右手の指の先の爪を見てびっくりした。鋭い爪がわずかの時間のあいだに、全く自分では気づかないうちに、人間の爪とは到底思われないほど伸びているのだ!
爪がこんなに長く伸びていては、もしもひっかけでもし、爪の下から毒性の強烈な黴菌(ばいきん)でも入ったら直ちに死なないまでも大変なことになろう。急いで開けた机の引出しのなかからとり出したテコを応用してつくった爪切を右手に持ち、左手の指の爪を挟もうとしてアッ! とぼくは第二の愕きの叫び声をあげた。
右と同じように左手の爪も、気付かないわずかの間に、先が細く長く丸くなっているのはいいとしても、手の甲のうえに生えている黒いふさふさとした長い毛は、一体どうしたことだろう! ぼくはじっと右手の甲を見つめた目を前膊の内側に沿って上膊へと動かしながら見入るのだった。二センチほどもあるところどころ白のまじった黒い毛が、いっぱい密生してきているのだ。右、左と眼球を動かしながら両方の手を比べないではいられなかった。