2015年4月29日
動物風景-3 荻野彰久 荻野鐵人
これは一体どういうことだ。馬鹿な!夢ではないだろうか。ゆっくり右手の平で左手の皮フのうえを撫でてみた。よく手入れのゆきとどいた緑の芝生を見下しながら足で踏みつけて見るときのように、自分の皮フのうえに密生した長いところどころ白の混じった黒い毛が、軟らかくしないながら倒されていくのが、はっきり天井から下っている電灯の光のなかに見えた。
確かにこれは夢ではなかった。紛れもない現実なのだ。これは一体どうしたことなのだろうと、ぼくはこんな場合に普通誰でも考えるように何かの中毒による病気であるに違いないと思った。若しこれが中毒だとすれば何だろう。
見透かしを許さない湯気と熱に浮かされた生きもののように、濁った中味を見せていた今朝の熱かった味噌汁。冷たい処女地の白い飯。防腐剤と商業主義がうまく美しく人意的に着色させた黄色いタクアン。少しばかり貧血した屍肉色のソーセージ。
ソーセージかナとぼくはすぐ起き上って廊下を走り、お勝手にまだ残っている筈のソーセージを見にいこうとした。これは何かの中毒症状の発現に違いないと判断したからだ。
アルコール。タバコ。性交。金銭慾。名誉慾の場合のように。中毒症状を起こすもとの毒素が素早く全身の血の中を走り廻り、全身に長い黒い毛をふさふさと生やしてしまえば俺はどうなる? 残っているはずのソーセージを取りに、お勝手へ行こうとした足の向きを急に変更して、医者のところへ行こうと決心した。