2015年5月7日
動物風景-7 荻野彰久 荻野鐵人
「幸子、何言っているのだ。お父ちゃんだよ、ね、いつもお母ちゃんとお前たちのために食物を買い、家が崩れないように守るためのお金を儲けてきたお父ちゃんじゃないか、ねエ、そうだろう。いつかキレイなユカタをお母ちゃんにもお前たちにも買ってきてあげたでしょう。お父ちゃんだよ、何も怖くはないさ、ねっ」とぼくが拡げた両手で優しく言ったのだったが、「犬は怖いよ、犬は怖いよ!」と幸子はゆっくり後退りして行くのだった。
家のすぐ前には自動車も走っていく。危ない。ぼくの体が怖いのだ。犬の姿が見えなければ幸子たちは安全を感ずるかも知れない。
「幸子、幸子、お父ちゃんだよ、怖くはないよ、お父ちゃんはナ、うっかり。お父ちゃんが悪かった。ね、ほれ、お父ちゃんだろ、ね、さ、けい子はお父ちゃんが抱くから」と言いながら近付いて行こうとすると、すっかり青ざめた幸子は、わなわなと震えに堪えていようとするため声も出ないらしかったが、かすれた細い声で、でもはっきりとぼくには聴きとれる言葉で――「お父ちゃァん! お父ちゃァん! お父ちゃァん! 犬が吠えているよ、怖いヨオ、怖いヨオ」と、少しずつ車が走っている危険な往来のほうへと後退りして行くのだった。