2015年5月11日
動物風景-9 荻野彰久 荻野鐵人
さあ、さあお前たちのメシを持ってきたよと、底の煤けた鍋をさげた老婆の擦れた声がした。
早くよこせと云わんばかりに抑留犬たちは待ち切れず房の金網に掻きついて一斉に犬らしい声で吠えたてていた。
「お待ち、お待ち、順にネ」と、扉の金網の小さい配膳孔から柄の長い柄杓(ひしゃく)で、一号、二号、三号というふうに配りはじめた。
未だ番のこない他の犬たちは、配膳の老婆が近づいてくるまで、吠え続けていたが、既にメシにありついた犬は他に奪われる不安から、四方八方へ鋭い視線を走らせながら、ウウウと怒りの声を立てていた。
ぼくは、すぐ細い通路を隔てて向い側には、黒い小さい円らな目の白い毛並みの美しいスピッツ犬が一匹入っていて、それがぼくと同じ男性でないことは、早くからぼくは気づいていた。
彼女も光って白く見える金網にかきついて吠えていた。メシ釜を提げた老婆が彼女の配膳孔へきた。次はぼくの番だ。キャアンキャアン勘高い鋭い声で悲しいときのように彼女は啼いている。
「可哀想に。お前たち、今夜のメシが最後だというのにネエ」と、白い雪の色に似た頭の老婆は更にひとサジ追加したのち、じっとスピッツの顔を見つめて云うのだった。