2015年5月14日
動物風景-12 荻野彰久 荻野鐵人
ぼくは寒さを防ぐため体を曲げて寝ようとした。胃袋の中に冷たい餌を入れたせいか寒く変に体が震えた。
風が裸の枝を鳴らし、空に雲を集めていた。雪になるのだろうか、キーインキーイン、泣いているのは何号室だろう、耳についてうるさい、間もなく、抑留所の扉がきしんだ、誰かが入って来たらしかった。一斉に吠え立てた。
ぼくもスピッツ犬も金網から殆んど同時に廊下を眺めた。人間が入って来て居た、霰弾を受けたように顔に痘痕(アバタ)がいっぱい点(つ)いている男だった。
「コットンコットン、ビッコの足をひきずって入って来たのじゃない?」
「キットもう助かるのよ、ねエ」と、羨望の表情を浮べてスピッツが云うから、
「馬鹿! あれは君、いまから処理場へ連れて行って殺すためなのだよ」と、ぼくは云ってやった。
痘痕(アバタ)の男は背の高い、禿頭(トクトウ)病で、又別の頭の左半球が禿げた男に、一号室、二号室の鎖を手渡すと、三号の秋田犬の前に来てしゃがんだ。
「そりゃお前、明日にするって親分は云っていたぞ」と、仲間の男が痘痕(アバタ)に云うと、「明後日が日曜だから、今日のうちに殺っちまえとさっき親方が云っていたんだよ」と禿頭(トクトウ)病を顧みて、
「どっちみち、飼主が迎いに来る気遣はないさ」と、唾でも吐くように云った。死を予感していたように秋田犬は、その男に何のテイコウも示さなかった。落ちついて見えた。男が扉を開けると、どっしり携えた大きな図体を現わし、暢気そうに大きく背伸びをするのが見えた。