2015年5月22日
動物風景-18 荻野彰久 荻野鐵人
「ロミー?」とスピッツ嬢の金網にくっつけた顔が徐々に傾いていった。
「ほんとはぼくの名前はロミオというだけど長いからカンタンにロミー、ロミーと呼んでいるよ、いいじゃないか、名前なんかどうだったって―
「ロミオねエ」とスピッツ嬢の首は不思議そうに、今度は反対側に傾いていった。が突然彼女は叫んだ。
「じゃ、アンタ、シェイクスピアと御親せき?」と云うから
「バカ!」とぼくは、はははと笑った。
「じゃあ、わたしは、ジュリエットと変名しようかしら?」
「それはいかんよキミ」「あらどうして?」とスピッツ嬢。
「ジュリエットという名は死んだぼくの妻の名だ、いかんよ。それだけは勘弁してくれ。思い出させるから」
<それがもとでぼくは犬になってしまったのだ>と、ぼくは言おうとしたが、口に出して言葉は言わなかった。
「でもわたし、アンタ、好き!」とスピッツ嬢は顔を染めて急に金網から降りた。
「好きだって、嫌いだって、しょうがないよ!」とぼくが無愛想に云うと、
「あら、どうしてなの?」と、また金網に顔をくっつけ目を丸くして訊ねた。
「だって二人はそれぞれ別々の檻の中に入れられ、しかももうすぐ連れ出され殺されてしまうじゃないか」とぼくが云うと、何が悲しいのか、スピッツ嬢はクーン、クーン泣き出してしまった。ぼくもいけなかった。スピッツ嬢の隣の秋田犬が、あの眠たげな顔をもたげて、
「や-かーまーしーい!」低音部で吠えた。
「そうだとも、うるさくて眠れやしない」と隣の地犬たちも一斉に吠え出してしまった。