2015年5月25日
動物風景-20 荻野彰久 荻野鐵人
「解らん女だナ、実質と云えば、それ、実質じゃないか」と云うと、
「ワタシ、そんなこと、解んないわ」とスピッツは、あどけない表情で斜に目で友を仰ぎながら云った。
「馬鹿だナ、それじゃ、キミはバーヂンだナ!」とぼくが睨みつけて云うと、
「そんなこと、もちよ、バーヂンだわ、正真正銘のバーヂンだわ、雪のように純潔だわ」とスピッツ嬢は誇らしげに云う。
「そんなの、誇りにもなりゃしないよ、実質と云ったのはナ、ぼくらオスはナ、ツマリ、解らんかナ」とぼくはもどかしげに云うと、
「じゃ、アンタは、童貞じゃないのね」
「当り前だ、こう見えても、ぼくは、うちに美しい妻が、ちゃあんと居たのだぞ」
「じゃ、どうして、そんなひとが、犬殺しの投輪なんかに引っかかったのよ」
「キミが、偶然キミが今日、この死のオリの中にいるごとく、一分前まで健康だった人が、いま急に白い小さい布切をかぶり、北を枕に横たわっているのと同じことじゃないか、それに、第一、俺たち夫婦の愛情を、他人のお前なんかに打ち明けられっかよ!」とぼくは美しいジュリエットの顔を思い浮べながら云うと、
「まア、ひどい!こちらはこんなにも思っていて上げるのに、アンタって非道い方ね!人間で云うなら、先ず誰でしょう」とスピッツは口をとがらせて云った。
「ジュリエットは死んだ」
「だからワタシは、あなた方二人の愛情に水をさし、ワタシを愛してくれとは云わないわ、でも幾らアナタがノ-ブルな顔形をしていたって所詮は犬族でしょう。男ですもの、女のワタシがマンザラでもないでしょう」スピッツ嬢は云って、ちょっと赤い舌を出して見せた。