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2015年6月2日

動物風景-25 荻野彰久 荻野鐵人

「馬鹿! 神なんてありゃせん。人間が神さ。神と云うのは、それは『本能』のことだ」「え?変ね」とスピッツ嬢は前脚で金網をつかみ、ツブラな黒い眼をパチクリさせながら云った。
「変でも変じゃなくても神とは本能のことだ!」とぼくが云うと、
「馬鹿ね、アンタ、それは『良心』じゃない?」
「良心でも何でもいい、兎に角、神とは本能のことだ」とぼくが云うと、隣の細い重たげな目の秋田犬が、あの眠たげな顔をもたげて、「やーかーまーしーい」と太い濁った声でまた奴鳴った。スピッツ嬢はちょっとまた例の小さい舌を出して見せ、金網から姿を消した。

また、雪が降り出した。寒いのか「白」と「米(よね)」がクーンクーンと哀しい声で泣き出した。
「ね、ロミオさん、本能を抑えるところに神があると云うの? それとも、神をもっていても戦争をするのは本能のトリコだという意味なの? ね、どっちよ? ね?」
とスピッツがしつこく言うから、
「知らん、ぼくは腹が減って、ものが言えん、明日にしてくれ」とぼくが言うと、
「例えば、その空腹をガマンすると神が味方するという意味なの? 馬鹿ね、明日は殺されっちまうのよ、明日はないのよ」とスピッツはぼくの檻を睨みつけて言った。隣の檻のなかの冷たいコンクリート地面のうえに腰を曲げたまま寄り沿って寝ている小さい子供の「米」と「黒」の寝顔が、ぼくが横たわっている金網の隣の部屋のなかに見えた。



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