2015年6月3日
動物風景-26 荻野彰久 荻野鐵人
その時だった。間もなく又ガチャンと、扉が元通り締ってしまったから、おそらく看視人の不注意だったに違い無かった。
それでも確かにちょっとの間、扉は開いていたらしく、不意にぼくの檻の中へ入って来たスピッツ嬢の伸びてきた手が、いきなりぼくのペニスを掴むと、痛いほど自分の股の下へ引っ張った。
<娘がそんな下品なことを露骨に!>とロミオの話を聞いていた私は彼の病状の記録を取っていたカルテから、もうやめようとペンを離し、不潔な表情を隠さず訊ねた。
彼は話を続けた。
<女の抑えることのできない悲しむべき嫉妬の発作なのだ>
そのときはぼくも全く気付かず愕いたが、「白」という小犬の顔の上へぼくの視線が走るのを、彼女はガマンできなかったのだ。でもそんなことがあって長い時間が経過したというわけでもなかったのに、すっかりそんなことは忘れたかのようにスピッツ嬢は言うのだった。
「ね、名前もう一度数えてよ」
「ロミオ」と云うのだ。でもぼくのことなんか、話したって面白かあないよ」とぼくは起きずに檻の地面に体を曲げたまま言った。
「でも、アンタ、ワタシたちはもうじき殺されてしまうのよ、もうじき……」とスピッツ嬢は言いかけて言葉を呑んでしまい、悲しくなったのか、前脚で掴んでいた扉の金網から降りてしまった。