2015年6月9日
動物風景-30 荻野彰久 荻野鐵人
それでもぼくは尚、信じられない表情で、自分の姿を見廻し、自分が檻から確かに自由の身になったかどうか、仲間の檻を眺めた。「黒」も「白」も「米(よね)」も、「秋田」も、怪訝な表情でぼくを見つめた。
「あら!」と眼を丸くしたスピッツが、甲高(かんだか)く吠えたとき、入口で足音がした。スピッツの金網に顔をくっ付けていたぼくは、ハッと足音の方向へ視線を向けた。痘痕(アバタ)顔の男がこっちを睨んだ。
「あ! あのスピッツとコリー、檻から出ているじゃないか! 世話、焼かせやがる」と痘痕(アバタ)男は縄を持って寄って来た。
そのときにはぼくと彼女は離れられないまでに抱き合って動かずにいた。が間もなくぼくは腰骨が折れんばかりに背中を打たれ、スピッツは再び捕まった。
咄嵯(とっさ)にぼくは、逃げ口を捜した。犬の檻が並んでいる塀は、1mほどの板塀になっていたが、それが腐りかけて、風が吹く度にペカペカ動いていた。ぼくは飛び越えた。ぼくは走った。時々追手を振り返りながら走った。追って来た、輪を投げた、痘痕(アバタ)男だった。輪はぼくの尻尾をかすめて地に落ちた。ぼくは尻尾を垂れて走った。ぼくの首から昔からの鎖が尚、垂れていた。