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2015年6月26日

春の夢-3 荻野彰久 荻野鐵人

「被告はなぜ借りたものを払わなかったのじゃ?」裁判長は穏やかに訊ねた。
「そうだ。無いものは払えない道理だな。これは裁判長の愚問だった。改めてそちに聞くが、そちは自分が破産した原因はどこにあると思っているのだな?」裁判長の席についている芳一は被告の喉から発せられたこの音声には聞き覚えがあった。
俯(うつむ)いている被告の顔が見えたわけではなかったが裁判長はびっくりする。父親だったのである。父親を息子の自分が裁判しているのだ。瞬間芳一が鼻の孔から吸う空気は咽(むせ)返りそうな生臭い魚のニオイで息も詰りそうになるのだった。それを芳一は嗅覚で感じただけではなく白い目に見える一種の濃い霧としてはっきり見えたと思った。思わず芳一はしばらく開けていた目を閉じ、鼻の孔を防ぐため唇をできるだけ上へ捲(まく)し上げ平手で起した風で生臭い魚の悪臭を追い払いたいという、矢も楯もたまらない一種病的に近い激しい衝動に駈られるのだった。
芳一はすぐには気が付かなかったが注意して見ると、裸の黒ん坊の少年の首から垂れている二匹の蛇が一匹のように少年のヘソのあたりで絡み合っているのが、薄暗い光の中で見える。



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